部誌3 | ナノ


置いてきぼり



「ね、アーチャー。もし俺じゃないマスターに当たって、俺と戦うことになってたらどうなったと思う?」
「はあ?いきなり突飛なこといいますねマスター」

このマスターは魔術師のくせに、〜だったら、とかもし、という話が好きだ。
そしてソレは大抵こちらが考えもしない様な内容が多い。

「初対面があのエレベーター、それで互いに一目ぼれ、そのまま殺し合いで片方が消える。中々刹那的な悲劇じゃない?」

そう口を開くマスターに肩をすくめる。

「あいにく、お涙頂戴は性に合わないんですよ俺は」
「俺は好きだねー。前は話を聞く分には、だったけど、今は、」
「マスター」

その先の言葉を咎める。

「悪い」

そう言ってなまえは空の中に身を横たえた。
室内を眺めると、流れていく雲の情景が何とも穏やかだ。

与えられたマイルームだが、なまえは入るが否や即座に改造してしまって、まるで空中に浮いているような心地だ。
床でさえ空と雲が投影されているので、最初は足元が落ちつかなかったのだが。
今では中央におかれたベッドの上に二人で寝ると、真上の星空が綺麗で、悪くはない。

いつまでこうしていられるのだろうか。と思いかけて、すぐさま打ち消した。

「マスターは必ず聖杯を手に入れますって。俺とも相性抜群だし?」
「相性?どっちの意味で?」
「野暮なこと言わせないで下さいって」

戯れる言葉が心地いい。
彼は自分を引き当ててから、即座に手段を選ぶという行為を切り捨てた。
自分の全てを許容して、自分たちが勝てる最上を選ぶこのマスターの潔さは見ていて好ましかった。
それが、卑怯だと叫ばれようとも。

命を懸けた戦いに卑怯も何もない。
戦争とは、そう言うものだと初戦でこちらを罵った相手に言いきった姿が目に焼き付いている。

でも、だからこそ自分たちの状況にも冷静だった。
いつも勝つ事を誓うのではない。
負ける事を覚悟して挑む。

「この聖杯戦争のいいところは」

うつぶせに姿勢を変えて少しくぐもった声で。

「負けたら二人とも消滅する、ってところだと思う」

そう言ったなまえにどきりとした。

「地上の聖杯戦争って、多分ルール的にマスターも殺される可能性が高いけど、生き残る可能性も無きにしも非ず、だろ?」
「俺は詳しくは知らないですけどね」
「俺も古いデータ見つけて読んだだけだからな」

言いながら軽く説明をしてくれる。
トーナメント方式じゃない事。
7騎のサーヴァントが戦い、クラスの重複はないこと。
令呪を失ってもマスター権を失うだけで死ぬ事はないこと。
サーヴァントの脱落イコールマスターの死ではないこと。

「随分とまあ、甘いんですねえ」
「そもそもウィザードじゃなくてメイガスの戦争だからな。実際の肉体で行使する魔術って想像がつかないな」

それに関しては、自分は大昔に存在した英霊なので口を出せないのだけれども。

「んで、マスターはそれより月の聖杯戦争の方がいいんですね」
「まあね。先に消えられて二度と会えないってきついと思うんだよね」

言われて想像する。
先になまえを失う所を。

―――想像がつかない。

そう思った瞬間、そもそも自分にはそんな気がひとかけらもない事に気づく。
どんな事があっても、どんな手を使おうとも、彼を守り、勝たせる事をいつの間にか心情にしてしまっているようで。
初めに持っていた自分のささやかな願いさえも変わってしまった。

「アーチャーは聖杯が手に入ったら、願いはどうしたい?」
「願い……ねえ。言わなきゃダメですかね?」
「いや、いいたくないなら別にいいけれど。……俺はどうしようかな。もともと願いをかなえるために参加した訳じゃないから」

そう言えば、もともとなまえは自分の力を確かめるために参加したと言っていた。
それなのに、こんな戦い方をしていいのだろうか。

そんな事考えるまでもなかった。

そもそも自分を曲げるくらいなら死んだ方がマシだと言っているような人間で、その通りの性格をしている。
精神性が似通っている英霊が呼び出されると聞くが、彼と会って数日で必ずしもそうではないのだと思った。
もともと取るつもりだっただろう正々堂々の勝負を捨てたのは、自分が彼のサーヴァントになったからだとしたら。
彼は自分に歪んだ幸福感を抱かせるのが上手い。

「心配しなくても」

言葉は口を突いて出た。

「置いて行ったりしませんよ。もし本来の聖杯戦争に出ていたとして、俺が負けたら、その瞬間マスターの心臓をシュパン!ってね」

弓を放つ仕草をすると、なまえは笑った。

「それはいいな。置いてきぼりは御免だ」

そもそも、負けたら悲劇的に二人とも消滅するんだけどな。と言う彼は分かっているのだろうか。
負けたとして、電脳死を迎えるのは彼だけだ。
SE.RA.PHにより喚び出されている自分はどうなるのかは分からない。

置いていかれるのはこちらだろうか。
二度と会えない苦しみなんて想像もつかないけれど、自分も彼に置いていかれるのは御免だ。

「こりゃ、優勝するしかないですねえ」
「もとよりそのつもりだけど、行き成りなんだ」

上体を起こして自分を見やるなまえに苦笑する。

「マスターが辛気臭い話をしかけて来たんで、これは俺がもっとしっかりしないとなあと思いましてね」
「つい、な。悪い。割と命の軽いゲームだからさ。ま、どんな戦争も同じか。ほらアーチャーこっちに来いよ。一緒に寝ようぜ」

ぽんぽんとベッドの隣を叩くなまえに近寄った。

「アリーナはもういいんですかい?」
「そんな気分じゃないからな。甘やかしてくれよ」
「仕方のないマスターですこと」

いいながらベッドに乗り上げると手が伸びてくる。
いつもよりも力のこもったその腕の意味に、応える自分も加減の仕方が分からなくなった。




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