部誌3 | ナノ


クリスマス中止のお知らせ



豊かな財を手にすることができるのは、総人口の凡そ1パーセントでしか有り得ない。
残りの99パーセントは残念なことに、搾取される側に回ってしまう。
ただし幸せなことに、彼らは自分たちが99パーセントであることにそれほど囚われはせず。
けれど悲しいことに、豊かな暮らしが確約された1パーセントの彼女は、自身の貧しさに泣いていた。


◆ ◇ ◆


「お待たせユリウス!」

少女の弾む声にあわせ、高い位置でひとつに纏められた彼女の髪もくるりと揺れる。
紺色のリボンを模した髪留めに生える金が暮れる陽を浴びて輝き、自身の髪がそうであるように少女の瞳もまた同じように煌めいていた。
澄んだ空をそっくり刳り抜いて嵌め込んだような両眼には、この世で最も情を注ぐ相手が映り込んでいる。

「然程待ち惚けてはいないさ。なまえ」
「でも待たせちゃったことに変わりはないでしょ。それも、いつ雪が降ったって分かんないくらい寒い中で」
「言われてみればそうだな」
「でしょう?」
「だがなまえが門を出て俺を見つけたとき、今日も可憐な花に似た笑みを浮かべて駆けてくるのだろうと思えば、寒さなど」

お前を待つ楽しみも悪くないと告げるユリウスになまえの顔が瞬く間に紅潮を始める。
自然な動作で開かれたドアに短く礼を告げ、一先ずリムジンに乗り込んだなまえではあったが、後に続いて向かいの席に腰を下ろしたユリウスから視線が逸らせない。
静かに発進する車内で数秒の沈黙をもって一呼吸。

「おっ、お世辞を言っても何も出ないんだから。変なこと言うなら、もう学校の送り迎えだってしなくても……」
「それは取り消してくれ。なまえの送迎は俺の楽しみでもあるんだ」
「……面倒じゃ、ない?」
「面倒だと感じるなら、初めからなまえのバトラー候補として名乗り出はしない」
「それなら良いんだけど……」
「すまない。俺が短慮なばかりに、なまえの地雷とやらをよく踏んでしまっているようだ」
「地雷、とはまた違うの。その……恥ずかしいっていうか、照れちゃうっていうか」

いつもの快活な性格はどこへやら、もごもごと口籠る様はまさしく恋する乙女そのもの。
ではあるのだが、ユリウスにそうした想いが全く伝わっていないことはなまえ自身も重々承知していた。
悶々としていても進展はない。なまえは想いを告げられない臆病な自身を棚上げし、数日後に迫る一大イベントの話題をユリウスへ向ける。

「ねぇ。ユリウスも正装してクリスマスパーティーに参加するんでしょう?」
「勿論。なまえをエスコートするのは俺の役目だからな」
「うん、それならさ……ダンスも、一緒に踊ってくれる?」
「主人と使用人はそういうことはしない。とはいえ、なまえたっての我儘なら誰も反対はしないだろう」
「うっ、今ちょっとだけ気になる単語が聞こえたけど、聞かなかったことにする」

ぷくりと頬を膨らませるなまえ。これを見て穏やかに笑みを見せるユリウス。
走りながらも揺れない車の中で二人、ゆったりとした時間が刻々と過ぎていく。
あぁこの時が延々と続けばいいのにと、なまえが思考の片隅で思い浮かべた刹那。
車窓風景の中に、在るはずのないスミレ色が見えた。


◆ ◇ ◆


深淵。まさしくそうとしか言いようのない場所でなまえはぽかりと浮かぶように目を覚ました。
姿形は一切視認することが出来ないが、傍らでスミレ色の少女が呆れている気配を感じる。

「ねぇなまえ。働かざるモノ食うべからずと言うでしょう? 大して何かを成し遂げた訳でもないのに、甘い夢に浸らないでくれる?」
「ねぇBB。さっきまで私が見ていたユリウスとの甘いクリスマスを迎える夢。途中でリセットボタンを押すように画面を暗転してくれたのは貴方?」
「質問を質問で返さないでっていつも言ってるでしょう、本当に駄目サーヴァントなんだから。ピンポンパンポーン。えぇそうよ、貴方のクリスマスは中止なの。はい残念でした〜」
「そんなお知らせなんて要らない!ヒドいじゃない、この鬼畜眼鏡!」
「今は眼鏡をかけていないからその罵詈雑言は効きません。寧ろかけていても効きません。ほらほら、ちゃんと働けばそれ相応の対価の用意はあるんだから」

だから頑張って行ってみよう。だから頑張って私の駒として働きなさいと笑うスミレ色に、なまえは仕方ないなと重い腰を上げる。
たった一人を想って動き始めた彼女をマスターとするなら、そのサーヴァントもたった一人を想って駆けるモノが似合いだろう。
どんな無茶も狂気も愚かさも、想いの先の一人が在るなら超えられる。

「それじゃあ行きましょうか。なまえ」

スミレ色の傍で深淵がゾロリと首肯する。
取り上げられた聖夜を再生する為、なまえは月の裏側で高らかに哭いた。




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