部誌3 | ナノ


クリスマス中止のお知らせ



『だぁから!悪いって言ってんだろ?!』
「…全然そんな風に聞こえないんだけど。」

携帯電話の向こうでなまえが声を荒げた。
その苛ついている声に一瞬怯んだものの、でも文句のひとつ位言っても許されるのは私のほうだ。

私は雷蔵と一緒に進んだ大学をでて、今では大手企業の新人として毎日あくせく働いている。
そんな私がなまえと知り合ったのは動物好きのハチが進んだ大学で友人と紹介されたことからだった。
私の一目ぼれだった。
私の中で特別な存在は雷蔵たちだったが、それは所謂恋愛感情ではなかったし、女を何度か抱いたことはあってもそこに愛など感じることは一度もなかった。
そんな私に恋の衝撃を与えてくれたなまえと恋仲になれたことは奇跡に近いし、生涯このまま添い遂げたいと思っている。
社会人として働いている私と違ってなまえは海洋生物の博士号を取ろうと大学院に進んでいた。
私は仕事を覚えるのに忙しいし、なまえは研究に論文と忙しい。
なんと言っても学生と社会人では時間の取り方が違いすぎる。
だからこそイベントごとでは会おうと思って予定を空けておいたのに…。

『…悪かったって。俺だって三郎に会いたいよ。』
「なまえ、」

電話越しになまえの吐息を感じる。
その悩ましげな溜息にちょっとだけ胸が高鳴った。
なまえは今遠く青森にいる。
何でも急遽日本で有数の海洋研究所がある場所で、有名な学者による討論会が開催されることになったそうだ。
なまえはその学者をとても尊敬していたし、ゼミの教授から同行を頼まれたこともあって参加することになった。
でもそれがよりによって今日開かれるなんて。
ここ一カ月まともに会えなかったからクリスマスをとても楽しみにしていた私にとってはそりゃもう悲劇でしかない。

「…ディナーだって、ケーキだって、予約したのに。」
『三郎…ごめん。』

仕方ないとは分かってる。
でも、そう割り切れない自分も確かにいて。
なまえが困ると知ってても、どうしても口からは文句がでてしまうのだ。

『…なぁ』
「何?」
『俺、今年卒業だろ?』
「そうだな。」
『本当は卒業してから言うつもりだったんだが―』

いきなり真剣な声をだすなまえに耳を傾ける。
話の内容から何となくその先のセリフが想像できて、胸が高鳴りだした。
私たちは男同士で、同姓婚が認められていない日本では事実婚でしか一緒になれない。
それでもお互いの両親には一応挨拶は済ませているし、後は、そう、プロポーズだけ。
何となく空気的になまえが卒業してからってなっていたから、私はそれを待っていたんだけれど。
今、このタイミングで?いや、私は何時でもいいんだが、あぁでも嬉しい。
そんな風にとりとめないことが頭の中でぐるぐる回り始めていた。

『ぁ、あれって空条先生じゃ…?』
「…なまえ?」
『嘘だろ!同じホテルとか!』
「っおい!聞こえてるか?!おいってば!」

返事はyesしかないと、ニヤニヤしながら今か今かと待っていた。
けどなまえの口からは予想外の言葉がでるし、何となく声は遠くて、嫌な予感がした。
必死に呼びかけても興奮したなまえには愛しい私の声が届かない。
くそ、お前の大切な恋人が呼びかけてるのにその先生の方に夢中とか酷過ぎじゃないか?!

「なまえ!」
『っあぁごめん三郎!俺ちょっと挨拶行かなきゃ!でも急に声かけたら怪しまれるかな?!いやこんなチャンスないし…うん行かなきゃ!つうわけでごめんな!』
「はぁ?!ちょ、話の続きは?!」
『帰ったら!帰ったら言うから、あぁ行っちゃう…ごめん後でかけ直す!本当ごめんお休み!』
「まっ!―…切れた。」

通話終了の無機質な音だけが聞こえる。
私はただ呆然とするしかなかった。

「クリスマスは過ごせないわ無駄に期待させといて恋人無視して憧れの先生を追いかけるわ…っ!なまえの馬鹿野郎ーっ!」

携帯を思いっきり床に叩きつけた私はそのままベッドに潜りこみ布団の中で丸くなる。
もう知らん!クリスマスなんてばくはつしてしまえ!
半泣きになりながら今頃甘い空気を味わっているであろう全てのカップルとなまえを呪いながら夢の中へと落ちていった。




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