部誌3 | ナノ


この夜が明ければ



深夜、眠りにつくことを諦め、水でも飲もうかとラウンジに降りると、そこのソファーに人影を見つけた。彼はドアを開けたなまえにも気づかず、普段軽口を叩くときとは全く違う静かな面持ちで、酒のグラスを傾けていた。まさかこんなところで、自分の睡眠を妨害する原因の彼に会えるなど思っておらず、なまえは声をかけようかと僅かに逡巡する。
「ハルさん」
恐る恐る、呟くように彼の名を呼んでみれば、こちらに視線を向けた彼はいつものようにへらりと笑っていた。
「おう、なまえ。こんな時間にどうした」
「おれは……その、眠れなくて。ハルさんこそ、どうしたんですか」
「俺もそんなもんだ」
自分の隣を叩き、なまえに座れと合図する。なまえの気持ちなど何も知らない彼は、そうやって無防備に振る舞う。それに隠れてため息を吐きながら、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、ハルオミの隣に腰を下ろした。
「なんだ、酒じゃないのか」
なまえが手にしたミネラルウォーターに、ハルオミは不満げに口を尖らす。
「おれ、15ですよ。未成年です」
「そんな細かいこと、誰も気にしねえって」
言いながら彼は自分の手の中のグラスを煽る。上下に動く喉仏と、僅かに赤く染まった目元にどきりとして、なまえは慌てて目を逸らした。視線のやり場に困り、自分の膝を見るはめになったが、それがとても滑稽に思えた。二人の間に沈黙が落ちる。何か、言わなくては。
「……明日になったら」
糸が解けるように、言葉は零れた。
「明日になったら、ハルさんとこうやって話すのも、できなくなっちゃいますね」
それだけ言うと、なまえは俯いた。ハルオミと目を合わせるのが怖かったからだ。目を合わせたら、余計なことを言ってしまう。
ハルオミは明日の朝、極東支部へと発つ。極東は新種のアラガミが集まる最前線、また生きて会える保証はどこにもない。しかも、彼が極東へ向かう理由をなまえは知っている。
項垂れるなまえを、ハルオミが肘で小突く。
「寂しいかぁ?」
「……寂しいです」
それと、悔しい。その言葉は胸に秘めた。ハルオミが極東に向かうのは、亡くなった彼の妻の敵を討つため。それは、密かにハルオミを慕うなまえに嫉妬を抱かせた。
なまえはぐっと拳を握り、覚悟を込めてハルオミを見た。
「ハルさん、おれ、今度会うときまでに立派な男になります。強いゴッドイーターになって、酒も飲めるようになって、身長も伸びて――」
そして、あなたにこの想いを打ち明けたい。
「だから、待っててください」
真摯な瞳で告げたなまえに、ハルオミはなまえの心を魅了してやまない、優しい笑みを見せた。ぐしゃり、と髪の毛をかきまぜられる。
「おう、楽しみにしてるぜ?」

ああ、やはり自分はこの人が好きだ。
掌から伝わる温かさに、なまえは目を閉じた。




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