部誌3 | ナノ


この夜が明ければ



「ふーむ、眠れん。」

長期の任務が終わり、島に戻ってゆっくりするはずが、風呂に入っても微かに感じる血の匂いに興奮して目が冴えて仕方ない。
特にエニエス・ロビーは不夜島と言われるだけあって、真夜中も昼間のように明るい。
ここでの生活に慣れたとは言え、視覚的にも寝にくいとなると、最早眠くなるまで諦めるしかなかった。
まぁ何日か休暇を設けてくれるようなので今日はいっそ夜ふかししようと、島の中を飛びまわっていた。

「ん?」

門の上にぽつんと人影が見える。
遠くからでも日の光を浴びて光る白い髪の毛がきらきらしている。
自分のまわりに白髪の人間はいなかったが、一人だけ思い当たる人物がいた。
空気を蹴りその人影に近づくと疑問は確信に変わる。

「まさかこんな形で見つけるとはのぅ。」
「…カクさんですか。」

ふわふわと海風に揺れる髪の毛はまるで雲のようで気持ち良さそうだ。
海に向かって胡坐をかいて座っているなまえの前にはワインが一本とグラス置かれていた。

「墜に見つかっちゃイましたか。」
「ワシとしてはがっかりじゃ。普段はあんなに逃げとるのに。」
「アはは。」
「月見…いや、日見酒か?」
「アァ、ここじゃ月は無イですからねェ。」

そういってグラスに並々と注がれたワインを一気に煽った。
ワシが来る前から大分飲んでいたのか、ほんのり頬が赤くなっている。
なまえの隣に腰を下ろし、ワシも海を眺めた。
島から離れる程に色濃くなる空。
微かに輝く星々を眺めるなんて何時ぶりだろうか。

「しかし何で此処におるんじゃ。」
「何だイ何だイ?僕には休みもくれなイってのかイ?」
「否、そういう訳じゃ…というかお主にも休みはあるんじゃのぅ。」
「当たり前でしょ。DMだって大変なんだから。」

ワシの受け答えになまえは口を尖らせた。
ぶつぶつと何か呟きながらグラスにワインを注ぐ。
とくとくと赤く注がれるそれに喉がごくりとなる。
まだ少しばかり残るワインボトルを取り上げて一気に飲みほした。

「アーっ!」
「ぷはぁっ!中々いいワイン飲んどるのぉ!」
「高イんだから当たり前でしょ!アーァ、全部飲んじゃって…勿体無イ。」
「ほれ、飲まんのならワシがもらっちまうぞ。」
「駄目に決まってるでしょ!」

グラスに手を伸ばしたら慌ててワシの手の届かないところにずらすなまえは、髪の毛で目は見えないものの、ワシの事を睨んでいるようだった。

「冗談じゃ。」
「全く…感傷に浸ってたのに。」
「何じゃ、感傷って。何があったんじゃ?」
「………」

だんまりと口を閉ざしてしまった。
DMの事なんて殆ど知られていないし、ワシもこうして会うまでこんな奴だとは知らなかった。
まぁ知らないのは当然だろう。
仕事柄、隠密であるべき存在な訳だし、そのために実際此処まで姿を隠す訳だし。
それでも、知りたいと思うのはやはり我侭なのだろうか。

「あの向こウで何人も死んでる。」
「…は?」
「要らぬと、用は無くなったと、殺される。」
「何じゃ、何を言っとる?」
「…知らなくてイイですよ。」

突然、星が煌めく空の果てを指差したかと思うと訳の分からないことを言いだした。
その口調が余りにも真剣で、戸惑っていると口元に笑みを湛えて無理矢理話を終わらせた。
グラスに残っていた最後のワインをぐいっと飲みほし、なまえは丸めていた背中を伸ばした。

「ん゛ーっ!さて戻りますか。」
「…何じゃもう帰るのか?」
「貴方がワインを飲みほしてしまイましたし。」
「まだ此処にいたらいいじゃろ。ワインならワシが今持ってくるわい。」
「えー、僕もウ眠イですよゥ。」
「ワシはまだ眠くないわい。」

立ち上がろうとするなまえのうでを掴んでまた座らせる。
折角会えたのだ。
次にいつこいつと会えるか分からんし、やはり先ほどのセリフが気になる。
ここは酔わせてDMの秘密を一杯聞きだしてやろう。

「いいか、此処で待っとるんじゃぞ?」
「エー、そもそも僕は隠れてなんぼなんですけど。」
「待っとれと言うに、全く…。」
「もウ…今夜だけですよ?」

やれやれと首を振って寝ころんだなまえから諦めに近い空気を感じた。
前にルッチがDMはしつこいのは苦手だと言っていたがどうやら本当らしい。

「今夜、か。」
「何だイ?」
「此処には夜は来ないぞ。ふふ、楽しみじゃのぅ。」
「…やれやれ。」

後ろを振り返らず空を飛ぶ。
この島に夜明けは来ないが、遠くの空には月は昇り日が明ける。
あの星が輝く遠い空にも段々と太陽が昇る気配がする。
なまえと出会えた不思議な時間は永遠のようで、もうそこまでタイムリミットが迫っていた。




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