部誌3 | ナノ


この夜が明ければ



『夜そっち行きたい』

そんなメールが放課後にきた。
絵文字もなにもない、簡素な一文。その一文だけで僕の心臓はどくりと跳ね上がる。まじまじと画面を凝視している自分に気付いた友人がひょいっと顔を覗かせる

「誰から?」
「え、あ……中学の時の友達から」
「へー、お前中学のとき親しい友達あんまいないっていってたじゃん」
「そ、そいつは、特別というか」
「ふーん」

友人が覗いて来る前にすぐに画面を消した。自然にやったつもりだったけれど友人は少し興味深そうにじっと見てくる。

「なあなあ、どんなやつか今度会わせろよ」
「え!?あ、そいつあんまり人と話すの苦手だからっ」
「なんだ、お前と一緒か。じゃあ写真とかねーの?」
「あんまり盗られるの好きじゃなくてっ」
「ちぇっ、残念」

会わせる気がないというのを察したのか友人はそれ以上追及せず帰る準備を始めた。なんとかやり過ごせたことにほっと胸をなで下してから再び携帯の画面に戻る。
先ほど、偶然にも母親が会社に泊まるというメールがきたばかりであった。絶対狙っているとしか思えないほどタイミングの良さにいつも驚きを隠せない。
他に断る理由も見つからず、少し迷ったが結局同じように絵文字のない一文だけ送った。

『残業で帰ってこないからいいよ』

送信完了したのを確認してスマフォをポケットに突っ込む。
ふうっと零れた溜息に仄かに熱が籠っていたのを気付かない振りをして帰る準備を再開させた。



ピンポンというインターホンがリビングに響く。僕は読んでいた雑誌を置いて玄関へ向かう。
誰なんて尋ねなくても分かった。こんな夜更けに来るのは、『あいつ』以外いない。
鍵を開けて、チェーンをとってドアを開ける。そこに立っていたのはやっぱり『あいつ』だった。

「よう」
「いらっしゃい」
「寒いから早く入らせて」
「はいはい」

当たり前のようにそいつは玄関の境目を超えて中に入ってくる。ドアを閉めるとカチャリと鍵をかけた。
それが合図だった。
そいつは鍵をかけたのと同時に僕の腕を引く。僕は抵抗する間もなく、噛みつくように唇を奪われた。
一瞬驚いたものの、抵抗せずに瞼を閉じて身を任せる。軽いリップ音を立てて唇を重ねるのがやけに気恥かしさを覚えた。これからナニをするというのに、こんなことで照れてしまう自分に内心笑ってしまう。少ししてからあいつの舌が僕の唇をつついてきた。唇を押しつけたまま僅かに開けば舌がにゅるりと僕の口内に侵入してくる。彼の舌は別の生き物のように口内を犯し、僕もまたそれを受け入れて絡める。
くちゃくちゃと絡める音が玄関を通って廊下にまで響く。あんまり響くものだからもしかして外にまで聞こえてたらどうしようという不安が過ったがこの行為を止める気などさらさらなかった。
僕がキスに夢中になっている間にいつのまにか彼は服の中に手を忍ばせて胸の突起に触れてくる。突然の刺激に息を詰まらせて咄嗟に胸を押しつける。その拍子に唇も離れたがそんなことも気にせずあいつは耳元に顔を近づけた。

「なあ、ここでしちゃだめ?」
「んっ、だめ、ドアうすいからっ……あっ」
「それお前が我慢すればいい話だろ?」
「そういって声出させてるの誰だよっ」
「俺だな」

だって我慢できないと散々突起を弄られて力の抜けた僕の身体を簡単に床に押し倒す。軽く抵抗を試みるけどそんなもの無意味だとでいうかのように手際良く服を脱がしていく。脱がす、といっても服を捲ったり、ズボンをずり落とすだけ。前に着衣のままってなんか燃えると語っていたけど僕にはいまだ理解できない。

「ねえ」
「ん?」
「本当にここでする気?」
「一回玄関でやってみたかったんだよな」
「な、に…んっ、それっ……」
「男の浪漫ってやつ?」
「ばかっ……んぁっ、あっ」

気付かぬうちに露わになった突起を噛まれて痛みと快楽で背が撓った。自分の声とは思えない甲高い声に羞恥心が駆られて耳を塞ぎたくなる。けれど、あいつはそんなことを許すはずもなく行為はどんどんエスカレートしていく。やがて、散々突起を嬲っていた彼の長い指が辿るようにどんどん下へと向かっていった。これからなにをされるか、そんなもの分かり切っている。
時計を見れば午後十一時、夜が明けるまでまだ時間がある。とっくに汚れてしまっている下着を見られることに疼きを覚えながらもこれ以上声を出させないために指を噛み締めた。

* * *

結局玄関で最後まで致してしまい、終わった後は汗やなにやらと色々汚れたので二人で風呂に入ることになった。狭い浴槽に二人で入るというのに嫌がったが自分よりもずっと身長が高く難いのいい男に勝てるはずもなく、無理やり後ろから抱きしめられる形に落ち着いた。普段あんなことしている関係ではあるけれど、明るい場所で晒されると話は別だ。年の割に貧相な体つきを気にしているというのに、あいつは「いつも見てるんだから今更だろ」と苦笑する。最初から持っているやつとは分かり合えない。

「そういえば、また先生に呼び出されたでしょ」
「……ピアス開けただけなのにうっせぇよあいつら」
「君の場合は開け過ぎなんだよ、一体いくつ開けてるのさ」

蜂の巣みたいに両耳に穴を開けているこの男は教師たちからはあまり良い印象を抱かれていないのを知っている。それでもし続けるのに呆れながらもとても羨ましかった。
自分も一個くらい開けてみるかと思案してたら不意に名を呼ばれた。振りかえるといきなりあいつの顔が視界いっぱいに映る。あ、と思った時には唇を奪われた。すぐさま彼の舌が僕の口内に入ってきて否応なしに絡められる。万年発情期め、と心の中で悪態をつきながらも嫌がらずに素直に受け入れる。飲み込めきれなかった唾液が、顎を伝って浴槽に落ちる。

「んぁっ……ここじゃ、しないよっ」
「その割に抵抗しないじゃないか」
「こんな狭いところで抵抗なんてっ…っ!」

言い返そうとしたら無いに等しい胸の突起を抓まれ言葉に詰まった。そのまま大きな手が平べったい僕の胸をそのまま揉み始める。これがまた指が一本一本器用に動くから声を我慢することができない。それが行為の後ならば尚更のことだ。

「そんなの揉んでもっ、んっ……楽しくないだろっ」
「まあAカップだしな」
「カップいうなっ!だいたいそういうのしたいなら女とっ……ふぁっ!?」
「お前のだから揉むんだっつうの」

何をいまさらと笑い飛ばして指が自分のものに絡みついて来る。とっくに反応してしまっていたのは気付かれていたようだ。
いやそんなことよりも聞き捨てならない台詞を穿かれた気がする。お前のだからって、一体どういう意味なのだろう。それを尋ねるまえに前にあいつ指が中に侵入してきてしまったので残念ながら聞けず仕舞いとなった。

それからあいつにいいように中を弄られたあと、向かう合うようにあいつのを受けれた。あいつの上であられもなく腰を上下に振って、あいつのが出たり入ったりし、そのたび内部が擦られてAV女優みたいに声を上げて喘いだ。僕が動くたびお湯がばしゃばしゃと波打って排水溝に流れて行く。風呂場だから僕の声が反響し、まるで耳まで犯されているようでさらに腰の動きが激しくなる。そういえば友人が前に部室で見ていたAV女優もこんなことしてたな、なんて思い出してると今度は下から突き上げられた。あんまり突然だから軽くイってしまってさら大声を上げてしまう。もしかしたら隣の住人に聞こえてしまっているかもしれない。それだけは嫌だと思っている間にもあいつの律動はさらに激しさを増す。イった直後だからもう腰を動かす気も起きず、ただあいつに突き上げられるがままだった。
やがてまた絶頂が訪れ、身体は電流が走ったかのように痙攣を起こす。その直後、あいつのものが脈を打って僕の中に吐き出された。本来ならばコンドームをつけなければならいのだけれど、なんだいって中に出されるの好きだからなにもいわない。ビクビクと震えるあいつのものがやけに愛おしく思えて、そのまま搾り取るようにきゅっと彼を締め付けた。

それからのぼせちゃうからと風呂から上がって、そのあともベットの上で何回もした。
僕のを舐められ、あいつのを舐め返して、後ろから突かれて、また上に乗って、そしたら押し倒されて僕の中で暴れまわる。僕はいつもより何オクターブも高い声を上げながら何回もイって、あいつは僕の中と腹に何度も出した。もう僕の身体はあいつのものと自分のもので汚れたけれどそんなもの気にする余裕なんてなかった。
僕たちは数えきれないほど名前を呼んで、名前を呼ばれて、じゃれあうみたいに笑い合って、恋人みたいにキスをして、また交わって、そうしていつしか眠くなって寝てしまう。

それはなんとも濃密で、幸せなひと時であった。
夜が明けなければいい、なんて口が裂けてもいえない。いえるわけがない。

* * *

がさりとなにか音が聞こえ、落ちていた意識がゆっくりと浮上していく。瞼を開くと服を着る彼の背中が最初に映った。ゆるゆるとベットの上にある時計を見ると5時を指している。窓に目を向けると外はまだ暗い。きっと寝ている僕を気遣って帰ろうとしているのだろう。声をかけようとしたけど、潰れた喉のせいで出すことが出来ない。それでも気付いてほしくて、重い腕を伸ばして彼の袖を握った。いきなり握られて驚いた彼が勢いよく振り返る。

「悪い、起こしたか?」

申し訳なさそうに僕の頬を優しく撫でる。さっきとは打って変わっての気遣いに僕は苦笑を浮かべて首を横に振った。それで察したらしく、眉がさらに八の字に下がってしまう。

「また無茶させちまったな、ほら水飲めよ」

そういって渡されたペットボトルを素直に受け取って口に含む。冷たい水が喉を潤していくのがとても気持ちがいい。起き上がろうと身体を起こそうとしたが腰に鈍痛が走り、声にならない悲鳴を上げて再びベットに逆戻り。それを見てあいつは顔を顰めた。見た目は不良なのに根は優しいのだ。大丈夫だからと念を押してゆっくりと体を起こす。

「もう帰るの?どうせ帰ってこないから朝までいればいいのに」
「いい、それではち合わせたら大変だろ」
「でも」
「どうせ帰っても誰もいないんだし、いつ帰っても変わんねぇよ」

だから気にすんな、と笑って頭を撫でてくる。それをいわれてしまうとなにもいえなくなる。わかったと納得する振りをするしかない。
着替え終わった彼はじゃあまたなとだけいって立ち上がる。本当は見送りたかったけどいまの身体では無理だ。仕方がなくその場で手を振って出て行くのを見送る。一度振り返って手を降るとドアノブを回して外へと出て行った。
足音がどんどん遠のいて行き、最後にばたんと玄関のドアが扉が閉まる音が聞こえた。もう慣れ親しんだ静寂が訪れる。作った笑顔も剥がれ落ち、無表情に戻った。
耐えきれず溜息を吐く。と、ベットの横に綺麗に畳まれた服が置いてあるのを見つけた。きっとあいつが畳んだのだろう。その光景があまりにも不釣り合いでなんだか笑いがこみ上げてくる。しかし、彼の気遣いを踏みにじるようで申し訳ないがいまは着る気力がまったくおきなかった。鈍痛が走る腰を労わってゆっくりと寝転ぶ。
窓からは低くなってしまった月が映っている。あと数時間もすれば空も明るくなるだろう。情事後の疲れからもう一度寝てしまおうと瞼を閉じようとしたらメール受信のメロディが鳴った。腕を伸ばして携帯を取って画面を開くと差出人は先ほどまで一緒に居たあいつからだった。


『題名:無題
本文:また月曜日学校で。』


絵文字もなにもない、簡素な短い文。穴が空くほど何度もその文章を読み直す。
たった一文、それだだけでなぜこうも胸が締めつけられるのだろう。こんな女々しい自分がたまらなく嫌になる。

(夜が明けたらまた戻ってしまう)

この夜が明ければ、僕たちは目も合わせない同級生に戻る。朝を迎えてしまえば全てが夢だったかのように僕もあいつも他人として振る舞うのだ。
それが僕たちの決めたルール。それが煩わしく思うようになったのはいつだったろう。

(ずっと夜ならどんなにいいか)

そんなもの無理だとわかってはいる。窓の外が少しずつ明るくなっていくのが時間が止まるはずがない事実を突き付けてくる。
ふぁっと大きな欠伸が出ると眠気が一緒にやってきた。気だるさによってどんどん意識がまどろみ始める。次起きた時にはもう朝を迎えていることだろう。
最後に一度だけあいつからきたメールを読む。また、ということは次がある。そう言い聞かせて僕はまた瞼を閉じて夢の世界へ旅立つ。
それがとても虚しいものだと分かっていたが、今更やめることなどできなかった。




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