部誌3 | ナノ


置いてきぼり



「最後にこの手を離します。それが本当の最後です」

涙声のくせに、凛とした声で俺に告げるそいつはきっと、きっと馬鹿なんだと思った。
一番離したくないのは、そいつなのに。
一番最後にしたくないのは、そいつなのに。
馬鹿だ。そんな馬鹿に釣られて、俺までも馬鹿になる。

残ったのはもはや僅かとなったぬくもり。
残ったのはもはや世捨て人となった俺ひとり。

残されたのは、かつてないほどに美しい世界。


手を伸ばせば、淡く発光しながら、美しい鱗粉を振りまきながら、遊びに誘う妖のような蝶が指先に止まる。しかしその指先はその蝶にとって終ではなかったようだ。二、三回ゆっくりと大きく翅を動かしてまた違う誰かを誘いに行った。この世界には俺以外、誰がいるというのだろうか。この世界となって以来、俺は俺以外の誰にも会っていない。飲み食いせずとも俺は生き、誰とも遭遇することもなく、ただそこに在る日々。いや、日々といういい方も可笑しいかもしれない。この世界では、常に星空なのだ。太陽が昇ることも沈むことも、雨が降ることも、雪が積もることも、虹がかかることもない。半永久的に続く星空。夜という概念ではないはずだ。こんなにも明るく、キラキラとしているのだから。

「泣いていくくいらいなら俺すらも呑み込んで行けばよかったじゃないか」

馬鹿なそいつは俺を呑み込むことをひどく怖がっていた。何が怖かったのか、俺には分からんし、そいつがいなくなった今確かめるすべなど持っているはずもない。
ただ、そいつが世界全てを呑み込み、再構築した世界は、そいつが思い描いたように美しくあった。
だた、その美しい世界に異物として俺がいた。着ていた洋服はボロボロで布きれを身に巻き付けているようなものだったし、髪の毛もボサボサだ。
だが、異物な俺を含む世界を、そいつが望んだのであれば、俺はここに在り続けなければならないのだろう。案外、世界とはそんなものだったりする。単純明快。この世界が作られたのが簡単であるが故に、きっと壊れることも容易いのだろう。

壊れる時、またきっとそいつが迎えに来るだろう。
否が応でもまた会うというのに。やっぱり馬鹿なんだな。

またこの手が引かれるまでの、置いてけぼり。
満喫しようとするか。




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