部誌3 | ナノ


アナタが言い出したことなのよ?



鳥の囀りにカーテンから零れる光。
柔らかな布団の感触を感じつつ目を覚ますのは何年ぶりだろう。
まわりからすれば普通のことでも、俺にとってはこの上無い幸せだった。

「んあー…」

固まった身体を伸ばしつつリビングに向かえば鼻先をかすめる朝食のいい匂い。
ベーコンの焼ける匂いに頬が緩んでキッチンを覗くと、長いブロンドを一つに結び、フライパンに視線を落とす後ろ姿。

「おぅ起きたか。」
「…女だったら最高なんだがな。」
「あ゛?」

視線に気付いたなまえは振り返って笑ったが、俺の一言に一気に不機嫌そうに眉をひそめた。
なまえは俺と同期のレイブンクロー生で半純血のみょうじ一族の子だ。
ブラック家との交わりや、ホグワーツで一緒に学ぶことで仲良くなったが如何せん柄が悪い。
俺より背が低くてひょろくて女っぽかったが、この柄の悪さで舐められることはまずなかった。

「お前な…自分の立場が分かってて言ってんのかよ。」
「いや、朝食作ってくれるシュチュエーションっつったらやっぱ女がいいだろ。」
「馬鹿犬め。」

呆れたように溜息をついたなまえは辛辣な一言を残して朝食作りに戻った。
俺が脱獄犯として指名手配されているのを知っていながら何も言わずに匿ってくれている。
一度理由を聞いたが「お前がんな阿呆な真似するか」と馬鹿にしてるのか褒めてるのかよく分からない答えだった。

「んだよ馬鹿犬って。」
「馬鹿は馬鹿だろ。」
「俺は理想を言ったまでだ!」
「はいはい万年発情期は黙ってな。」
「…女顔の癖に。」

ぼそり、と呟いたつもりだった。
けれど思いのほか声が大きかったようでなまえの動きが止まった。

「…今、何つった?」
「あ、いや、その」
「そんなに望むんなら相手してやろうか、あぁ?」

後ろに髪を束ねていたゴムを外しながら俺に迫ってきた。
その迫力に押されてじりじりと後ずさりし、壁際まで追いやられてしまった。

「落ち着けって、な?」
「―シリウス」
「ち、近ぇって!」
「黙って。」

俺が逃げないように壁に手をついて下から俺を見上げる。
怒りやすいなまえは眉が寄っていることが多くて忘れがちだが、俺のように整った顔立ちで黙ってれば女に見えなくもない。
俺の首筋を撫でて、そのまま手を下へと滑らせる。
頭の中で駄目だと警告してても、見つめるなまえの目に囚われてぴくりとも動けない。

「っ!」
「シリウス」

いつも通りの見た目に反して少し低めのなまえの声が俺の耳を掠める。
シャツの下から侵入したなまえの手が俺の腹を艶めかしく撫でる。
段々と近づいてくるなまえの唇に俺は耐えきれず目を閉じた。

「―なんてな。」
「…は?」
「何、本気にしたわけ?」

すっと身体を離してにやりと笑ったなまえは惚ける俺を置いて朝食の準備に戻っていった。
その姿に先ほど感じた色気はなくて、狐につままれたような気分だ。

「おま、何で…」
「あー?お前が女だったらって言いだしたんだろうが。」
「いや、そうだけど。」
「こんな身なりでもな、人から情報とるのにゃ役に立つんだよ。」

自分の姿にコンプレックスを持っているもんだと思ってたから、あんな行動をするとは考えられなかった。
少し嫌そうに、鼻を鳴らしながら言い放つ。
…なまえも、なまえなりにほの暗い過去があるのだろう。
しかしそれでも、あの色気は尋常じゃなくて。
段々と近づいてくるなまえの顔を思い出しただけで身体が熱を帯びてくる。

「……」
「何突っ立ってんだ、朝飯食うぞ。」

ケロリとしているなまえに腹が立つ。
俺はこんなにも動揺してるのに。

「…いつか仕返ししてやる。」
「は、出来るもんならな。」

また小さく呟いているつもりだったが聞こえてたみたいで、なまえはにやりと笑った。
…全く、反則だ、こいつ。




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