部誌3 | ナノ


越えられない壁



青峰大輝には兄がいる。
五つばかり離れているため、世代の壁というものか、お互い共通の話題は少ない。ほとんど接触のない兄弟仲であるので、兄が普段どんなことをしているのか想像もつかないし、兄の中学時代のことなど、尚更だった。



「ああ、お前が青峰の弟か」

快闊に笑う体育教師の一言に、青峰は眉を寄せた。
また。また、である。またこの一言だ。

青峰の所属する帝光中は、兄・青峰なまえの出身中学である。なかなかいい学校だった、というなまえの推薦により、物凄く勉強させられて入学したらこれだ。兄の影響力の大きさに嫌気がさす。
何をしても「まあお前は青峰の弟だからな」で済まされてしまう。努力しようとしなくても、最終的には「まあ青峰の弟だしなあ」で終わる。具体的にどういうところが兄と関係しているのか分からないあたり、こう、非常にもやっとする。何なんだ、一体何をしてきたんだ。

ことあるごとに兄を引き合いに出され、兄の基準で判断されることに不快感を覚えると共に、我が家の暴君を思い出し、まあなんでもありか、と思ってしまう。
そう、青峰の兄、青峰なまえは、まごうことなき暴君である。それは青峰家にだけに留まらないことを青峰はなんとなく肌で感じていたが、気づかなかったことにした。
その方が多分、精神衛生上よかったからだ。




帝光中バスケ部一軍の練習は厳しい。あまりの厳しさに吐く者もいて、まあ青峰の相棒の黒子なんかはその最たるものだった。慣れつつある青峰ですらたまに吐き気をもよおすことがあるのだから、推して知るべし、である。
供給されたドリンクを飲んでいた時、嵐は現れた。

「ちーっす」

非常に聞き慣れた声に、青峰は思わず口の中のものを噴き出した。「うわ、汚っ」なんて声に構わず、だらだらと口から水をこぼしながら振り返る。

何故いる。

学校生活は、ある意味青峰のオアシスだった。兄の影響が強く残る場所ではあるが、それは教員にのみであり、兄を知らないクラスメートたちとの生活は解放感に満ちあふれていた。学校にいる間だけは、青峰は心ゆくままに行動出来たのだ。

「すまない、関係者は立ち入り禁止だ」

暴君の前に立ちはだかったのは、赤司だった。すげえ、勇者がいる。これから赤司のことは勇者赤司と呼ぼう。

あおみねだいき は こんらんしている!

だらだらと流しているのはドリンクだけではなく冷や汗もだった。やばい。今日バスケ部滅亡するわ。一気に不機嫌そうな顔になった暴君の前に、一奴隷でしかない青峰にはなす術がなかった。だって暴君だぞ。どうにかできるかよ。
こそこそとチームメイトに隠れてことの成り行きを見守っていると、愚か者が笑いながら声を掛けた。黄瀬である。

「兄ちゃんに会いに来たんスかね? 誰かの弟?」

あっ、まじ馬鹿。禁句だぞそれ。

ごすっと言う鈍い音の後に、黄瀬が地に伏した。声もなくうずくまった黄瀬が押さえているのは男の一番の泣きどころで、青峰はあらぬところがキュッとなった。やはり暴君には容赦などというものはない。

「さえずってんじゃねえよ愚民」

ぺっと唾を吐き捨て、嫌そうな顔で告げた声は低い。暴君はお怒りである。
これどう収拾つくんだろう、と他人事のように思いながら、青峰はいまだ隠れていた。紫原まじいいぬり壁。

「君はいきなり何を」

不快を隠しもせずに眉を寄せる赤司を目にも留めず、暴力はついと体育館内を見回した。興味なさそうな視線が探しているのは自分か、果たしてそれ以外か。家では逃げられないが、学校でくらい逃げたっていいだろう。そう思いながら青峰は紫原の背中に隠れ続けている。

「? 青峰く、」

「シッ、オレを呼ぶなテツ」

吐きたてでよぼよぼしながら首を傾げる黒子に黙るように指示し、青峰は様子を窺う。何なんだ、何の用事だ。わかんねえがとりあえず隠れとこう。あとで隠れていたことがバレたらどうなるか、考えもしないあたり、青峰が青峰たる所以である。

「おい――」

「さっきからうるせえよ、小物か」

ドンガラガッシャン。
巨大な雷的な何かが落ちた気がしたが、勿論錯覚である。今日は快晴だとおっぱいの大きなお天気お姉さんがぶるんぶるん揺らしながら言っていたから間違いない。
首を傾げながら外へ続く扉の向こうを傾げたり腕をさすったりするチームメイトたちを見ながら青峰は現実逃避していた。南国あたりに旅立ちたい。椰子の実ジュース飲んでみたい。

「はータリィ〜」

険悪なまでに睨み合う両者に、タイミングの悪い者がこれまた割り込んできた。灰崎である。コピーコンビは仲が悪いようでいて非常に似通っていると青峰は常々思っている。空気読まないところとか、女にだらしないところとか、チャラいところとか、まあ色々。
ドウゾクケンオナノダヨ、という緑間の呪文はいまだ解読できていないが、まあなんとなく意味は理解した。

「リョータぁ、何寝てんだ……って、なんだぁ? このチ」

このチビ。そう全てを口にする前に、灰崎は床に沈んだ。押さえているのはやっぱり男の一番の泣きどころで、やっぱり青峰はあらぬところがキュッとなった。

容赦の欠片もなく、暴虐の限りを尽くすなまえに、体育館内は嫌な感じに沈黙を保っていた。睨みつける赤司に、鬱陶しそうに舌打ちするなまえ。黄瀬や灰崎という馬鹿二人によって一時的に不穏な気配は消えた気がしないこともないこともないが、やはり険悪な雰囲気というものはそう簡単には消えない。
膠着した状態が続くかと思われたが、次の介入した第三者によって、呆気なくそれらは解消された。

「あっ、なまえ兄! どうしたの?」

青峰の幼なじみであり、なまえが可愛がっている桃井さつきの呼びかけに、なまえは視線をそちらに向けた。赤司はいまだ睨みつけているが、意にも介さない。

「兄……?」

「桃井の……?」

「つうかあの顔、よく見たら……」

さつきの登場により体育館内が一気にざわつく。沈没していた馬鹿二人もようやく顔を上げ、涙目のその瞳で紫原の影にいる青峰となまえを見比べた。おい止めろ、バレるだろお前らまじふざけんなよこっち見んな。

「どうしたの急に、わたしに用事? それとも大ちゃ、青峰くんに?」

さつきの一言にざわつきが増した。「やっぱり?」なんて言葉と共に大量の視線が向けられて冷や汗が再発した。壁にしていた紫原までこちらを見てくるものだから、勿論青峰の場所はなまえにとっくにバレていた。

「いいや、うちのクソバカじゃない。まあ後で仕置きすっけど」

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ詰んだハイ詰んだ今日ぜってぇ家に帰りたくない帰れない。八つ当たりで紫原の脇腹をパンチしたら頭上から押しつぶされた。なんという。紫原許さん。

「なまえさん! 来てくれたんすか!」

弾んだ声が青峰の厭磋に被さる。溌剌とした、輝かんばかりの笑顔で声をかけたのは、バスケ部暴虐、虹村修造で。



まじもうお前どうなってんの。
兄の底知れなさと謎っぷりに、青峰は力なく倒れ伏したのだった。




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