部誌3 | ナノ


越えられない壁



その背中を見て、思うことがある。
ああ、無理だって。

天才、天才なんて言うけど、才能だけじゃ成り立たないのだと、彼を見て思う。もちろん、どんな努力だって、才能がなかったら無意味だということもよく知っている。もちろん、努力をしなくたって、才能だけで成り立ってしまうことだってある。
恨みがましく思う。

綺麗なフォーム。綺麗な入射角度。綺麗な弧。飛び立ったボールは間違いなく、円の中に落ちていく。
緑間真太郎。彼のシュートと言うのはとても精確で、とても、美しい。
彼のことは中学生の時から知っていた。当然のように当然の如く。キセキの世代。帝光中といえば、バスケをしている人間で知らない人間なんて居ない。
正直言うと、妬ましいと思っていた。

熱心に部活動をする中学生、特に地方大会を突破できるようなチームなら、多分、必ずこういう。
「全国大会制覇を目標にする」
その言葉で皆が一つになって戦う。
バスケットボールができれば幸せなんていうことだってあると思うけれど、やっぱり、バスケットボールっていうのは「勝つ」ことを目標にしたスポーツだ。勝つことによる悦びがなかったら、やってられない。
もちろん、全部が全部勝つ必要が無いこともわかっている。
それでも、中学生が、帝光中のあのチームを見て、「アレには絶対に勝てない」と、思ったならば。どうだろう。どんな気分になるだろう。
もし、あのチームと戦うことになったならば。
高校生ならもう少し、違うかもしれない。でも、その時自分たちは中学生だった。まだ、宇宙飛行士になりたいだとか、大統領になりたいだとか、荒唐無稽な夢を描いたって許されるような、そんな年齢だった。

そして、高尾和成は、高校生になって、キセキの世代の一人、緑間真太郎と同じチームになった。

すっかり暗くなった校舎を、正門ではなく裏門から抜け道をしようとして体育館のそばを通った和成は、付いたままになった電灯と、弾むボールの音に気づいた。
軋む扉が、大きな音を立てないようにしてゆっくりと扉に隙間を開ける。その隙間から体育館を覗いて、(まるで覗き見しているような気分になった)そこに知った人影をみとめる。緑間真太郎。こんな時間まで、練習をしているのだ、という感嘆と同時に何か、胸にもやりとしたものが立ち上がる。今はもう、チームメイトなのに。いや、近いからこそ、だろうか。何か、彼にぶつけたくなる言葉がふつふつ、と沸き上がってくるのを抑えながら和成は一歩二歩、と後ずさりした。
ぬるりと濡れた土を踏む音がする。コンクリートの舗装の下まで、後ろに来てしまった。昨日おろしたばかりの靴を汚したくなくて、わざわざコンクリートの上を歩いていたのに。台無しだ。そう思いながら、ため息を吐いた。
天才が、並の人間以上に努力をしていたならば、勝てるわけがない。
諦めにも似た思いに、もう一度、ため息を吐いた。

コンビニに寄って、炭酸のジュースを買った和成は自転車に鍵を差し込んでから、近づいてくる人影に気づいて、ふっと顔を上げた。
「あ、」
「今、帰り?」
ニッコリと笑ったその顔は、和成と瓜二つだった。
「おう。なまえも?」
「そう」
そう言いながらなまえは長い荷物を肩にかけ直した。なまえは和成の双子の兄だった。顔がよく似ているので、一卵性だと思われるが、実は多分、二卵性だ。多分、と言うのは親が教えてくれないので、多分、だ。
どっちがどうするとも言わずに、和成は自転車を押して、なまえと並んで家路につく。
「バスケ部、どう?」
「あー、うん。楽しいよ」
「うん」
「なまえは弓道部どう?」
「施設もしっかりしてて、悪くないな」
「そりゃ良かった」
なまえは、和成とは違う高校に行って、弓道をしている。小学校の頃はなまえはバスケをやっていた。
「帝光中の、キセキが一人いるんだ」
「あぁ……、そう、言っていたね。どんな奴?」
「すっげぇ変人」
「変人?」
「おはあさ信者でさ、この間なんて、ラッキーアイテムだとか言って扇風機抱えて学校に来てさ、」
「なんだそれ」
くつくつ、と笑ったなまえは、そっか、キセキの世代か、とつぶやいた。それを見ながら、そういえばこれも、だっただろうか、と該当に照らされたなまえの横顔を見ながら思った。
なまえは、中学の弓道で天才と言われていた。
詳しいことはよく知らないけれど何年に一度だかの天才で、全国大会を制覇した。彼は、そのことについて、「偶然、弓道が俺にあう競技だったんだ」と言った。
だけれども、和成はそれは違う、というような気がしていた。恐らく、なまえは何をやっても「素晴らしくよく出来る」人間だった。
小学生の頃バスケをやっていた時もそうだった。同じようにバスケをしていても、ふとした瞬間に才能を感じさせる、そんなところがあった。
そんな時決まってなまえは、「運が良かったんだ」と言った。
それから、和成がバスケ部に入ることを決めて、なまえはバスケをやめた。
「……なまえが、バスケやってたら、キセキと渡り合えたかな」
つぶやいてから、後悔した。慌てて顔を上げて、横を歩いているなまえの顔を見る。なまえはすまし顔で和成を見ていた。
「……和成が、無理だって思うなら、俺にだって無理に決まってるだろ。俺らは双子なんだから」
そう言って、ふっと笑った。その笑顔を見ながら、あぁ、よくないことを言った。と、思った。
なまえは、和成と違うということをあまり好まなかった。だから、バスケをやめたのだと、和成は思っていた。もし、続けていたならば、和成となまえの差は歴然だったに違いない、と和成は思っている。
「……そうだな、ごめん」
そう、言いながら、少しだけ邪魔だった自転車のペダルを少しだけ動かした。
「和成」
なまえが呼ぶ。和成は顔をあげる。なまえが、横目でちらりと和成を見ながら、微笑んだ。
「心強いチームメイトが出来て、良かったな」
「……うん」
多分、こういうところも、ずっとずっと、自分と違う。と和成は思う。だけれどもそれは言わないで置いておくことにした。
家まであと、もう少し。




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