部誌3 | ナノ


越えられない壁



A男は一見するところ平凡な日本男児だった。
中小企業に努める父と専業主婦で時折背伸びして稽古ごとに手を出す母のもとに産まれ、兄弟はおらず強いて挙げるなら小学校高学年の頃から飼い始めたパグ犬が弟分。
雑踏に紛れてしまえばどれほど衆人の目があろうと見つけ出すのは不可能に思えるほど平凡な顔立ちの国籍を日本に持つ男の子だった。
父母の両祖父母も両家共に極々世間一般的な生活を営んでおり、不穏なものが無ければ輝かしい部位も一切なかった。
それなりに各地に散らばっている親戚も似たり寄ったりの部類で、これまた突飛な事件に巻き込まれることもなければ華々しい成果を収めることもなく、どちらかと言えば穏やかに過ごしていた。
正月に顔を合わせ集った大人たちが調子付いた酒席で口にする話が真実だとすれば、A男のご先祖方も似たようなものでこの平凡な血脈は細々ながら延々脈々と続いているということだった。

ならば己は何なのだろう。

A男は思考する。
物心ついた頃から自分が家族や親類縁者やその他一般、自身にとっては人生の内における単なるモブの集団に過ぎない有象無象とは一線を画す……控えめに言えば「変わっている」ことは強く感じていた。
それなりに成長しそれなりに知識を得た今となっては、理解とまでは及ばずともどういったモノを秘めているかは確固たる自覚もあった。

人の背に立つ、人成らざるモノが見える。

つまり背後霊。あるいは守護霊。
中にはそうではないモノが憑いている人もいるかもしれないが、A男がこれまで生きて来た僅か十数年ばかりの年月においては未だ悪と断ずるに足るモノを見たことはなかった。
一歩外を歩けばまわりを行き交う人の波、その背に寄り添うように侍るモノ達の群が嫌でも視界に映り込む。
A男の視野は一般人のそれに比べて大小の差はあれど軽く二倍の頭数を捉え、些か精神面において圧迫をもたらしていた。

嗚呼、どうして己はこんな力を得てしまったのだろう。

A男はとりとめもなく思考する。
これが呪いとするならば一体自分が何をした。力を使い世の為・人の為と成れと言うならどうぞ啓示を下してはくれまいか。
思考は堂々巡りし頭の中は出口のない問答で埋められていく。いつまで続くともしれない異能を抱え……などと悶々悩んでいたのは中学いっぱいで終わった。
いわゆる厨二病というアレな窪みにはまっていただけにすぎないと今となってはストンと理解するまでに至っていた。
相変わらず人様の背後霊らしきモノは見えているものの特に何かされる訳でもないので視野が一般人より賑やかだ、と思えば悩んでいたことが嘘のように何ということもなかった。

ところで高校に進学したA男には気になる存在があった。同じクラスとなったB子である。
別段B子に懸想しているだの恨みがましい不埒な思いがあるだのといった部類ではない。
言及すれば彼女当人ではなく彼女の背後に立つ霊に対しA男は注視せざるを得なかった。
B子の背に在るモノはその他に溢れるモノ達とは大きく違っていた。まず文字通りにその大きさである。
身の丈2メートルは届こうかという上背にどこの無差別格闘級かと言わんばかりの筋骨隆々した肢体。
そうした身体に相応しい厳めしい顔に、頭上にはこれまた高く結い上げた髷が雄々しく立ち、そして何故だか身につける衣類は褌のみだった。

――褌のみだった。

ところでA男には進学して早々B子の席の後ろの席が定められていた。
身体検査により視力に問題はないということも教師側に把握されており特例をもって前の席に移動する手も使えなかった。
A男には人の背後霊が見える。B子には見るものが見れば見惚れてしまいそうな剛毅な筋肉を誇るモノがついていた。
そしてそれは、褌一丁しか纏っていない。

A男は耐えた。一学期を耐えに耐え、夏休みを迎え、二学期に至り、そして今日この日をどれほど待ち侘びたことかと内心涙を流した。
席替えである。気負いなど感じさせない流れでクジを引き、予め決められていた番号の席へと移動する。
教室中から歓声と落胆の声が半々聞こえたがA男はただただB子の背に在るモノから解放された喜びを静かに噛みしめていた。
今なら神にも謝辞を贈ろう。訳の分からない力は未だ使いこなせてはいないし傍迷惑以外の何物でもないがこんな喜びはきっと他の誰にも有り得ない。
そう思い始め口の端が些か歪みかけたA男の横顔に、不意に可憐な声音が向けられた。はっとA男が振り向けばそこにB子が立っていた。

「A男くん、二学期も宜しくね」

やんわり笑ったB子はぺこりと小さな会釈を見せ前の席に着いた。彼女の背後に在るモノもそれと同時に彼女とA男の間に立つ。
A男の前にはそれはそれは見事な大臀筋が……つまり尻がどっしりと、彼の視界に広がっていた。




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