部誌3 | ナノ


越えられない壁



湿っぽい空気を纏わせてコツコツと暗い地下へと潜っていく。
この一歩一歩があの人へと近づいていくのだと思うとこの胸がどんどんと熱くなる。
あぁこんな、邪心を持っては失礼にあたるのに。
大きな扉の前でひとつ大きく呼吸をして、その重い戸を開いた。

「…こんばんは、先生。」
「来たか。」

普段は大勢の生徒の前で威圧感を放ち、スリザリンの生徒の中でも何人かは怯えていた。
けれど本当は生徒を見ていて、勉学に熱心な者に対しては厳しいけれど学年や寮関係なく熱弁をふるっている。
私がちょっとの分量でも狂ってしまうと駄目になってしまったり、同じ分量でも手順が違えば出来栄えも違ってしまう繊細な分野に惹き込まれたのは、スネイプ先生の教鞭を受けたからに他ならない。
先生の教え方は、下手だけど上手い。
熱意のない者は振り落とされ、ある者にのに分かるように話す。
一年生の時は先生の求めている答えに追いつこうと必死だったなぁ。
そんなことを考えていたら湯気がたった紅茶を目の前にだされた。

「ありがとうございます。」
「よくもまあ飽きないものだな。ほぼ毎日のように我輩の元に通うのは貴様くらいなものだぞ。」
「それは、まぁ魔法学が余りにも面白いものなので。」
「ふん…それで他の学問が滞るようでしたら本末転倒ですな。」
「まさか!私はそこまで馬鹿ではありませんよ。」

最初はこの皮肉が怖くて、悔しくて仕方なかった。
私のように先生の元へ通う生徒はいた。
先生から見たら私はその自分の元へと通う生徒の一人でしかないと言われているようで。
子供だったのだ。
私を私として見て欲しいという、エゴイストを持って、私は励んだ。

「それで、今日は?」
「えぇ、この前出された課題についてレポートを書き終えたので採点をつけて頂こうかと。」
「見せたまえ。」

私と違って歳をとり、骨々しくて大きな手が羊皮紙を受け取る。
開いた羊皮紙を眺めている横顔は真剣そのもので、でも何時もと変わらない難しい顔だから少しだけ笑ってしまう。
でもその眉間に寄せる深い皺も愛おしい。
そう思うようになったのは、何時からなのだろう。

「でもきっと、最初からなんだろうなぁ。」
「何だ、何か言ったか?」
「いえ、どうでした?それ?」
「悪くない、しかしもう少し簡単に出来なくもない。もう少し思案したまえ。」
「はい。」

丁寧にまき直された羊皮紙を受け取る。
その瞬間に触れる冷えた手に一瞬だけ胸が弾けた。

「あの、」
「何だね?」
「…いえ、何でもないです。」

私はスリザリン一族の者と知られ、闇の帝王から狙われる身となった。
そこで私を守る役目として、校長の案で現在先生は偽の婚約者を演じてくれている。
本来は生徒と先生である私たちが婚約者であるのはおかしいことではあるが、それを叶えたのはお互いの家柄だった。
…先生への愛を自覚して、偽物でも婚約者となったことが嬉しかった。
教えを請うという名目がなくても、素直に会いに行けるし、ちょっとばかし仲良くなってもおかしくなんてない。

「もう部屋に戻りたまえ。」
「…はい。」

だされた紅茶はもう全部飲み干してしまった。
羊皮紙を胸に抱え席を立つ。
…偽物は、偽物だ。
二人っきりになったって甘い空気になんてなるはずもない。
だって先生には…好きな人がいる。
ずっとずっと、恋焦がれ胸に抱え込んで離さない、愛しい人が。
一度はそんな人に負けるものかと思った。
でも、先生の彼女に対する愛は先生の命そのもので、私のちんけで幼稚で自分勝手な恋なんかが叶うはずなくて。

「あぁそうだ。」
「?何ですか?」
「これを身につけておきたまえ。信憑性が増すと言うものだ。」
「!これって…!」

渡された小包を開くとそこにはエンゲージリングがあった。
驚いて顔を上げると渋い顔をした先生の姿が見えた。

「校長の指示だ。婚約者ならそれくらいあって当然だと。」
「そ、うですか…あの、これって誰が選んだんです?」
「我輩だが何か問題でも?」
「っ!いえ!大事にします!」
「?あぁ、そうしたまえ。」

小さく輝くダイヤにシンプルなデザインのリングはまさに先生を表すような繊細な美しさで。
正直こんなプレゼントが貰えるなんて思ってなかったから本当に嬉しくて。
大切に、大切に胸に抱えた。

「…おやすみなさい。」
「あぁ、おやすみ。」

嬉しくて泣きそうで、速足で部屋から離れる。
何度も諦めようと思った。
先生の想い人には叶うはずなくて、でも先生に会う度に思いはどんどん強くなっていって。
好きなのに辛くて。

「…どうして、私も、先生もっ!こんな、辛い、恋愛しかできっないの!」

嬉しいのに悲しいが強すぎて、涙がとまらない。
足を止めてしゃがみこんで、胸に抱えた羊皮紙と小包に涙が落ちる。
先ほどまで愛しい人と一緒に居て、温まった心に廊下の冷たい風が染みた。




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