部誌3 | ナノ


置いてきぼり



しとしとと雨の降る街を眺められるカフェの窓際の席で、すっかり冷めてしまったコーヒーを片手に私はただ外を眺めていた。
毎年この時期になると思い出す過去に、ここ数日寝不足だった。
控えめな音量に緩やかな曲調のJAZZを聞いて、窓ガラスを叩く雨粒の音が何とも心地よくて、どうぜ待ち人はまだ少し遅くなるのだろうと、うとうとしていた。

「…久しぶりだな。」

声をかけられてはっとする。
そこには一年ぶりに会う承太郎の姿が会った。

「待たせたみてぇだな。」
「ううん、ちょっと早くきちゃっただけだから。」
「ポルナレフは?」
「例の件を調べるとかで一人でイタリアに行っちゃったわ。」
「そうか。」

傘を差していても彼の長身のせいか、コートの裾が濡れていた。
今は秋から冬に入る時期だからいいが、エジプトへ旅をしていた時よく熱くないのかと思ったものだった。
それでも、変わらない姿に何処かほっとしている自分も事実ではあるのだけれど。

「もう行ったのか?」
「…えぇ、雨が降るって聞いたから。」
「そうか。」

それだけ言うと承太郎は店員を呼びつけ、コーヒーを注文した。
久しぶりに会うのに何となく話す気になれず、テーブルに肘をついてまだ雨の止む様子のない外を眺めた。

「…どうなんだ、ポルナレフとは。」
「相変わらずよ。」
「まだ一緒になれねぇのか。」
「そうね、そろそろ応えてあげたいんだけどね。」
「…やれやれだぜ。」

お互いに顔を見る事なくぽつぽつと交す内容。
私は今ポルナレフと一緒に暮らしている。
これは所謂そういう関係ってわけじゃなくて、いやポルナレフは私とそうなりたいみたいだけど。
私はそんな彼の好意に甘えて、まだ過去を忘れられずにいる。
あの刺激的で、情熱的な青春の日々を。

「仕事はどうなんだ。」
「近々大きな討論会があるの。でも承太郎も凄いね、海洋学者としてどんどん名をあげてる。」
「ふん、どうってことねぇぜ。」
「ジョセフさんは元気なの?」
「爺か、また面倒なことになってな…今度M県S市の杜王町ってとこに行く事になった。」
「ふふ、そっか。」

お互いにコーヒーを口にしながらもゆっくりと会話を楽しむ。
あれからもう11年。
私たちにこんな時間が訪れるなんてあの時は思ってもみなかった。

「お前寝てねぇだろ、隈が酷いぜ?」
「あぁ、うん…毎年のこと。」
「忘れたほうがいいんじゃねぇか?なぁ、もう11年たつんだぞ。」

ふいに伸びてきた承太郎の指が優しく私の隈をなぞる。
苦笑う私に、眉をしかめた承太郎は厳しい口調で私に語りかけた。
私を思ってるからこその厳しさは、彼にしかない優しさでもある。
そんな優しさを理解しながらも、私は彼の指から逃れる選択をとるのだ。

「忘れる?花京院を?一緒に戦ってきた仲間を忘れろっていうの?」
「そうじゃねぇ。叶わねぇ恋を終わらせろって言ってんだ。ポルナレフに甘えて、傷つけて、いい加減にしろ。お前を好いてくれた花京院は死んだ。お前を愛してるポルナレフは生きてる。なんで後者をとらねぇ。」
「…好きってことは理屈じゃないのよ。」

苛立ったように私の胸倉を掴んで自分のほうに引き寄せた承太郎の意思の強い瞳が私を睨む。
その瞳の中に映る私は、何て醜く老いているのだろう。
そんな現実を知りたくなくて、思わず目を伏せる。

「離して、ねぇ。」
「……」
「こんな日に騒ぎは嫌。お願いだから離して。」
「ちっ。」

窓際の、一目につく場所だから店内からの視線が痛い。
まわりから私たちはどんな風に見えているのだろう。
承太郎は苛立ちをぶつけるように荒々しく椅子に座り直した。

「夢の中でね、花京院が謝るの。『手放せなくてごめん』て。」
「……」
「都合のいい解釈と笑ってくれていいわ。でも、その夢の中での花京院は、広い空間の中一人ぼっちで何時も寂しそうに、悲しそうに笑うのよ。」
「……」
「毎年この時期になって現れては、『一年間お疲れ様。何時だって空から見てるよ。今年も僕を好きでいてくれてありがとう』て言うの。その度に、私嬉しくて悲しいの。もういない人の亡霊を何時までも追って、妄想して、まるで好きでいていいなんて理由を作ってるみたいで、花京院のこと馬鹿にしているみたいで、でも夢の中で花京院が笑うと全てがどうでもよくなって。…そして朝になって隣にいるポルナレフを見ると自分の身勝手さに死にたくなるのよ。」
「なまえ、お前って奴ぁ…」
「承太郎の言う通りよ。私凄く酷い女なの。」

せき止められない懺悔のように、口からはどんどん私の醜く浅ましい心が漏れて行く。
あぁこんなこと誰にも知られたくなかったのに。
承太郎は呆れてしまっただろうか、どんな顔をしているのか怖くて見れない。
私に泣く権利なんてないのに、涙はとまらなくて、何処か冷静な部分でこれはなんの涙なのかと問いかけていた。

「なぁ、どうやったらお前は前に進めるんだ。俺はどうしたらいい。今生きている仲間のポルナレフとなまえには幸せになって欲しい。」
「……」
「あの時、花京院が死んだ時に、お前の心もあそこで死んじまったのか?」
「……」
「なぁ、俺たちに救う手立てはねぇのかよ。」

あぁ本当に優しい人。
言葉は荒くても、そうやって私たちを助けてくれた承太郎はあの時を変わらない。
何度救われただろう、励みになっただろう。
こんなみっともない大人になった私をまだ救おうとするなんて、どうしてそんなに優しいのだろう。
コーヒーに映る真っ黒な自分は、私の瞳から落ちた涙の波紋によって遠くへと消えていった。




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