部誌3 | ナノ


虚構が崩れる音がした



「そ、んな………」

呟くなまえの瞳から光が消えていく。
地に伏したその様を眺め、こみ上げる笑いを抑えもせずにそのまま高く哄笑した。

「ハザマたいい………」

愛していた声が自分を嘲笑しているのを聞きながら、どんなことを思っているのだろうか。
ゆっくりとその心情を推し図る愉悦に口元を歪ませる。

「気付かなけりゃよかったのによぉ……。ほんっとーに救いようがねえ野郎だな。有能すぎるのも問題ってかあ?」

床に転がったままのなまえは起き上がる気配を見せない。
未だ自分に凶器が向けられていると言うのに、先ほどのように戦闘態勢を取るそぶりもない。
その姿に少々興がそがれて舌打ちをする。

「壊れちまったのか?もーうちょっと根性見せてくれよ。なあ、なまえちゃん?」

なまえ。
なまえ=みょうじ中尉。
戦闘力に優れ、諜報活動も文句のつけどころがない。
情報収集も操作もお手の物。
かつ、汚い仕事にも手を染める事が出来る、諜報部にとっての逸材だ。

だがその功績を残すことになったのは、すべてハザマが居たから、という理由がつく。
上官のハザマを思慕していたからこそ、彼はどんなことでもやってみせた。
どんな汚い事だろうと、卑劣な事をしようと、結果が出れば重用するハザマの態度はなまえの倫理観をや理性を自身で壊させるに十分だった。

褒められ、認められるだけで満足していたなまえを恋人にしたのはハザマの戯れだ。
気持ちが満たされると仕事も充実すると言う話はあながち間違いではないようで、それからの活躍は目覚ましく――。
なまえが中尉になったのはつい最近のこと。

表向きの仕事の手間が省け、ついでに性欲処理もできる。
そして彼はもとから淡白な人間らしく、その環境に十分に幸福を感じているようだった。

いいように、利用されているとも知らず。

諜報部に所属しているとはいえ彼は『こちら側』の人間ではない。
支部の下に窯がある事も知らないし、諜報部が持っている本来の意味を知らないただの「ゴミ」であるはずの存在。
有能な『使える』だけのただの人間だった。

そのはずだったのだが、運命が終焉に向かうにつれ、時折、なまえ中尉の視線が物言いたげな物になるのが気になっていた。
たまに妙な目つきで自分を見つめてくる。
探る様なものを違う。
こちらの仕事と目的に感づいたような気配もそぶりもないのに、自分を通して何かを見透かすような、そんな意図の分からない視線を向けてくる。

胡散臭いと称されがちな自分の態度もなまえには何か思う所もないようで、むしろ好みだったようだともいえる。
なまえ自身、人当たりのいい、するりと相手の心に忍び込むのが上手く、取り繕う事に長けているせいか、親近感でも覚えたのかもしれない。
そのなまえが、自分に対しては分かりやすい態度を取るのがおかしくて仕方がなかった。
だからこそ、その視線の理由が気になった。

こちらを心から心配するような、その視線の意味を。


「まさか、俺様が『視えてた』とはなあ……」


観測ではなく、純粋に視覚の話。

どうやら、ハザマにずっとまとわりついていた自分の姿が見えていたようだ。
黒い霧状の影を纏った人型のような姿を。
傍から見たら、それは恐ろしいものだろう。
それを心配していたのがつい先日までの話。

そして。

自分を引きはがそうと襲いかかってきたのが先ほどの話だ。

それもそのはず「蒼の継承者」によって器を完全に自分のものとした姿は、なまえにとって耐えがたいものだったらしい。
出会った瞬間に、仕掛けてきたその判断力には感嘆する。

「まったく、可愛いねえ。もうちょっと『俺様』にも優しくして欲しいもんだなあ。同じ体なんだからよ」

そういいながら髪を掴み、顔をあげさせると、自分の顔を見てなまえは顔を歪める。
面影を見ているのだろう。
それはそうだ。
同じ顔なのだから。

「ハザマ大尉は……」

かすれた声でようやくなまえが口を開く。

「ハザマ大尉も、望んでいたのですか……?この世界の、崩壊を」
「……てめえ。どこまで知ってやがる」
「あなたが、『そういう者』だと言うことだけ」

素直な口調に、おそらく本当の事かと思いながら、なんともなしにその様を眺める。
ウロボロスが掠ったあちこちの傷から流れ出している血が地面を汚していた。
今すぐではないが、手当てをしないと死ぬ出血量だ。

実体のなかった自分が視えたという、失うには珍しい体質だが、はたして自分にとっての使い道はあるのだろうか。
器を作ったあの男なら、興味をひかれるのかもしれないが。

「さて、どうしたい?いままで献身的に働いてくれたごほーびに、選ばせてやるよ。このまま『ハザマ』の部下としてやっていくか、ここで死ぬか」
「……余地が、あるんですね」

ふ、と吐きだした息はどうやら笑った声だったようだ。

その顔にそそられる。
信じる者を失い、全て見失った絶望がうつるその顔が。

「好きに、してください。俺は、貴方の……『ハザマ』大尉の、部下でしたから」

それも、全て嘘だったのでしょうけれど。と呟く声は先ほどよりもうつろだった。

もう、世界が崩壊しようと、知った事ではないと。
そう言ったなまえに、しばし考える。
そして再び口元を歪めると、血濡れの体をわざと優しく抱き起こした。

何事かと自分を見上げたなまえの瞳が見開かれるのを彼にとってのいつもの笑みで出迎える。

見慣れた『ハザマ』の姿に戻っていることに驚いたのだろう。
手に取るように分かる心情に、これまた笑いだしたいのをこらえながら口を開く。

「まあ。全て嘘だったと知りながら、どちらでもいいというのなら……。また、私の部下として、よろしくお願いしますね。なまえ中尉」

『ハザマ』の口調で囁くと、ビクリとその体が反応した。
まだ、希望を残していたのかと意外に思いながら、ふと、ゆっくりその言葉を囁いてみた。

「『今も』愛してますよ。なまえ」

そう言って頬を撫でた瞬間、彼の瞳の光は消えうせた。




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