部誌3 | ナノ


虚構が崩れる音がした



様々な虚言を積み上げ、出来上がった嘘を崩すのは一瞬である。
指一本、軽く触れるだけ。後は酷い犠牲と共に崩れていく其れをただ眺める。
一瞬、二度と戻れはしないのだろうなと脳裏に過りはするのだが、それすら崩壊を止める理由にはならず。
踏み込んだ先に見た景色は、お世辞にも良い物とは言えないと分かっていても。



…―嗚呼、何時からこんな事になったのか。

一人、指先に力を込めながら自問自答を繰り返していた。
状況と言えば芳しくはない。周囲を満たす鉄の香りと、黒々とした赤が視界の端に映った。
己の下、指の先には鮮やかな赤の髪が揺れる。脱げてしまった黒のフードは最早意味を成していない。
今分かる事は、その人物の首筋を締め付ける指先から伝わる血液の流れる感触。
途切れ途切れに空気を求めて呼吸を繰り返す、耳障りな音。

未だ、生きている。

そんな思考をする最中も指先は気道の圧迫を止める気配はなく。
最早自分とは違う意識の外、まるでその部分だけが別に意識を持っているかのようで。
無意識の内に籠った力の所為か、体に刻まれた無数の傷が僅かに痛む。

「ぐっ、…が、ハ…ッ」
「……ああ、凄く、良い顔」

呻く。今にも途絶えそうな音で。

この状況になっても尚、彼は抵抗をするつもりらしかった。
首に食い込む手に爪を掛け、ぎちぎちと肉を掻く音がする。
それが己の手に及んでいるものだと気付くのに時間は掛からなかった。
肌の上ににじむ赤もまた格別。
などという考えに及ぶ頃には彼の手を払いのけて、そのまま振り抜く様に彼の頬を打つ。

…―何時から、こんなことをしているのか。

自問自答は続く。答えは出ず、再び手は彼の首筋へ添えられゆっくりと力を込めていく。
彼は、尚も美しかった。
瞳は鋭く、畏怖と憎しみの念の籠る其れは色あせる事が無い。気高さを残したままで。
己の行動を咎める様に、僅かな息の間に唇を震わせる。
罵声を綴る筈だった其れは空しくも音にはならず、再び浅い呼吸へと戻っていった。


思考は、一つの感情が全てを占拠していた。
このような"行為"に及ぶのも、それが根底にある事に他ならない。
彼の顔が苦痛に歪めば歪む程、この感情を掻きたてる物。


「あいしてる」

「あいしてるよ、こころから」


行為とは裏腹に、吐き出された言葉に偽りはなかった。
そもそも、其の歪みすら認識の内に入っていないのかもしれない。
ただ、行為の先にある物は昔から変わっていない。
彼に初めて会った時から、ずっと心の底にあったもの。
そしてきっと、この先何があっても伝わる筈のない言葉。

「あいしてる」

譫言を言う様に、ただただ口にする。最早その言葉に意味があるのかも分からない。
指先が伝えた熱が途絶えた時、自分には一体何が残るのだろうか。




prev / next

[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -