部誌3 | ナノ


これを恋とは認めない



大事から小事まで多岐に渡る業務に追われ、一段落が着くまでと小休止も取らず根を詰めていたユーリが昼食を迎えたのは、時計の短針が2に差し掛かる程に昼を大きく過ぎた頃だった。
今から外へ出てランチを取ろうにも時間帯がずれている。司法局にも食堂があるのでそちらで手早く済ませようと向かっていた矢先、

「管理官さん、こんにちはっす!」

快活な声で挨拶を発し、手をまっすぐに伸ばして大きくこちらに振って見せる少女の姿にユーリの歩みが一寸だけ淀む。
食堂までの直線通路、そちらに用向きがあるというのは一目瞭然で、声をかけられてからUターンしたのでは後にしこりも残ろう。
仕方なしと諦め心地で脚を進め、入口に立ちにこにこと見上げてくる少女に「こんにちは」と簡単に返して扉をくぐる。

「今日はドネルサンドランチがオススメですよ、管理官さん」

特に求めていない情報だったが今日のところは有難く呑み込もう。ではそれで、と言った矢先に同じメニューを2つ頼む声も、最早予想通りの展開だった。

「なまえさん、今日は一体どんな用向きですか」
「はい!この間の裁判のことでお礼が言いたくて! とはいえ書類だけであっさり片づけられちゃいましたけど……あの、お支払ありがとうございました!」

謝辞と同時に直角に頭を下げられることは別段構わないが、それは時と場所を選んでほしいものだとユーリは内心で息を吐く。
何もランチの受け取りコーナー前ですることはないだろう。昼時を超えて人がまばらとはいえ、ぽつりぽつりと席は埋まっている。
そこに座す職員や厨房から様子を覗き見している調理人などの視線が身体を這うような感覚に再びの嘆息が漏れた。
興味深げな調理パート社員からトレイを受け取りなまえをその場にテーブル席に座るユーリだったが、問題のなまえも間髪入れずに隣の椅子を引き続いて席につく。

「それで。些か以上に勘違いを招きそうな先程の礼は何ですか」
「ええと……この前、私が2部リーグでヒーロー活動中に壊しちゃった車、司法局の方で肩代わりしてくれるって書いてあったっすよ」
「以前、貴方に送らせて頂いた器物破損の賠償に関してはルナティックも絡んでいることから、貴方はルナティックの行動に巻き込まれ、寧ろ被害に遭ったと結論を出しましたが?」
「でも、私は司法局への報告に、飛行してるルナティックの足を私の影で掴んで転ばせた所為で、私と彼が団子状にもつれ合ったまま車の上に落ちたって書いたっす」
「正しくは、激突する寸前、その際にルナティックが衝撃を緩和させるべく炎を噴射させたことが車体破壊の原因でしょう。ルナティックを逃したことは痛いですが、貴方に大した怪我がなく良かったのでは」
「んんん、ですから。車を壊したのが結果的にルナティックの炎だったとしても、原因を作ったのは私っすよ。質量あるって言っても5キロくらいしか持ち上げられないし数十メートルしか伸ばせないショボい能力でも、私が発端だったっていう事実は変わんないっす」
「……つまり貴方は何を仰りたいんですか」
「ルナティックさんは悪くないっす!」

先の礼と今の言葉が全く噛みあっていないことに恐らくなまえは気付いていないのだろう。
思ったままを口にし、思ったままに行動してしまう様は清々しくもあるが、それは遠くから眺めている場合に限られるということをユーリはこの数か月の間に痛感していた。
2部リーグに新たに加入したなまえ。質量を持つ影を自在に操れるというNEXTだが、1部で活躍するにはまだまだ経験不足すぎる少女。
一時期同じ2部に所属していたワイルドタイガーから紹介された折から、何を聞かされたのかは知らないが懐いてくるようになったのだが。
知り合ってそれなりの時が経つが、やはり今時の若い娘の思考は測り難いと思わされてばかりだった。

「ルナティックがこの場にいない以上、彼に賠償金は望めない。かといって本件はなまえさんに全ての責務があったのかといえば違う。私がそう判断したまでです」

これ以上の言葉は必要ないと言わんばかりにカップスープに口をつけるユーリに隣席のなまえがグゥと唸る。
言い足りないことはあるが言葉にならない、どう言葉にして伝えればいいか分からないといった風な眼差しでユーリを見つめ、そして唐突に昼食のサンドに手を伸ばし咀嚼を始める。

「ドネルサンド美味しいっすね、管理官さん」
「そうですね、意外と」
「管理官さん、私、頑張ってルナティックさんを管理官さんの前に連れてきます」
「……。それは2部リーグのヒーローには難題なのでは?」
「勿論、今のままじゃ難しいっすよ。あの人すっごい速いし強いし私だって全然抑えてられないし。でも、頑張ります」
「それで。私にルナティックを会わせて、貴方はどうするんです?」
「そう、ですね……あの、とりあえず謝ります。飛べるから良かったようなものの、下手したらめちゃくちゃ怪我したかもしれないんで!」
「なまえさんの仰りたいことが分かりかねるのですが……」
「大丈夫です!私も自分のこと測りかねてるっす!」

瞳を輝かせ、今はまだ無理であろう夢を語る少女の姿。
とはいえそれ自体もユーリにとっては少しばかり眩く映り、避けるべきものではないようにも捉えられていた。




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