部誌3 | ナノ


これを恋とは認めない



「これどう見ても恋だよね!」

いきなり耳に入ってきた単語にハッと我に返る。考え事に夢中になっていたせいで知らぬ間に放課後を迎えていたらしい。後ろを振り返るともう七瀬たちはいなくなっていた。部活に行ってしまったようだ。
今日も聞けなかった、と肩を落として当番をするために図書室に行く準備をする。

「だって主人公ったらずっとその男のこと考えちゃうんでしょ?明らかに恋してるじゃない!」

ぴたりと鞄に詰める手が止まる。ちらりと視線を向けるとクラスメイトの女子二人が雑誌を開いて何か言い合っていた。どうやらマンガ雑誌を読んでるみたいだ。こんなところで読むなよといいたいが今はその二人の話に耳を傾けてしまう。

「だよねー、しかも相手考えるあまり夜も寝れないとか典型的すぎて逆に笑えてくるわ」
「ね?主人公もいい加減気づけばいいのに。男がこんだけ尽くしてくれてるのに気づかないとかさぁ、ムカツクわぁ」
「わかるわかる」

なんて辛辣な感想を述べて笑いあう女子たちがとても恐ろしく映る。いや、それよりもいまの会話の内容の方が重要だ。

(……いやいやまさかまさか)

一瞬よぎった考えを即座に頭を振って否定する。考えるだけでぞっとしてしまった。そんなのあるわけない、ありえない。そう自分に言い聞かせてとっとと支度を終えて教室を出た。
すると、教室を出たところで後ろから声をかけられた。

「あれ、みょうじ?」

聞き覚えのある声に反応が遅れる。恐る恐る振り返るとそこにいたのは自分の寝不足の元凶、七瀬の幼なじみである橘が立っていた。

「よ、よう橘」
「あれ今日当番?」
「まあな、橘部活は?」
「行こうと思ったんだけど、俺が忘れ物に気づいて戻ってきたんだ」
「へ、へぇー……」

ということは、と橘の後ろを様子見すると案の定七瀬が立っていた。自分たちから少し離れたところで窓の外を見ている。こちらを見ようとしないところは相変わらずだ。
だが、さっきの女子の会話を聞いていたせいで話せる気がしない。ありえないとわかっていてもだ。
なのに、そんな俺の気持ちを知っているかのように橘が話題を振ってきた。

「いま取ってくるから悪いんだけどよかったらハルと話して待っててくれない?」
「えっ!?」
「真琴!」
「じゃあすぐ戻るからー」

いつもの朗らかな笑顔を浮かべて橘はさっさと教室に入ってしまった。もちろん残された俺と七瀬の間にはなんとも微妙な空気が流れるのはいうまでもない。
橘なりにあまり仲良くない七瀬と自分の仲を取り持とうという気遣いだったのだろう。それが余計なお世話だと声を張り上げていってやりたい。
とりあえず橘が来るまで話ぐらいはと七瀬に近づいた。

「あーと……橘なに忘れ物したんだ?」
「……今日英語の授業で出された課題のプリント」
「えっ!?なにそれ俺知らない!」

さっきの授業でそんなもの配られていただなんて聞いていない。いや実際聞いていなかった俺が悪いのだが。
七瀬の課題のプリントという言葉に過剰に反応してみせるとずっと窓の外を見ていた七瀬がやっとこっちを見てくれた。澄んだ青色の瞳に不覚にもドキリとしてしまう。

「さっき配られていたぞ」
「あー……その、授業中の記憶なくて」
「寝てたのか」
「寝てないからっ!ぼーっとしてただけ!」

本当はずっと七瀬のこと考えてたなんて口が裂けてもいえない。いったら引かれるの目に見えている。七瀬はそれ以上なにも聞かずにそうかと一言だけ呟いてまた窓の外に視線を戻す。
会話はそこで終了してしまい、また沈黙が流れる。非常に気まずいことこの上ない。

(そういや、いま七瀬と初めて目を合わせて会話できた気がする)

今までずっと目線を合わせずに会話が多かったので、少し嬉しかった。なんていうか、野生動物との交流に一歩近づけた気分。
ちらりと七瀬を盗み見ると七瀬はまだ窓の外を見続ける。何気なくその視線の先を辿ると毎日七瀬たちのいるプールがあった。いまは寒くなってしまったのでプールに水は入っていない。なんとなくだが、七瀬がなにを思ってるのかわかった気がした。

(泳ぎたいんだな)

前に橘がいっていたとおり、本当に泳ぐのが好きみたいだ。まるで恋い焦がれるような瞳でプールを見つめる七瀬。あんまり熱心に見てるもんだから、ちょっとくらい俺のほう見てくれてもいいのに。なんて心の中で不満を漏らす。

(・・・・・・いやいやいや、見てほしいとかなんだよ)

そりゃあ普段七瀬とは目も合わせてもらないし、見られてもこっちが合わせれば逸らされてしまう。それに不満があるのはあるが、いまの流れだとまるでプールを見てるときみたいに見てほしいというニュアンスになる。

『だって主人公ったらずっとその男のこと考えちゃうんでしょ?明らかに恋してるじゃない!』
『しかも相手考えるあまり夜も寝れないとか典型的すぎて逆に笑えてくるわ』

さっきの女子の会話が頭の中で繰り返し流れている。まるで押しつけられているような感覚に嫌気が差して頭をぶんぶんと振ると七瀬が呼びかける。

「みょうじ」
「ふへっ!?な、なに!?」
「どうしたんだ、体調悪いのか」

さっきまでプールを見てた七瀬の瞳がじっと覗き込んでくる。表情は変わらないが、少し心配しているように映るのは俺の気のせいかもしれない。そんなことよりも、それに心臓がすさまじい速度で脈を打っている自分の心臓に問題がある。

(違う、これは断じて違うぞっ!そう七瀬がいきなり見てきたから驚いているだけだっ、そうに決まっている!)

必死に自分に言い聞かせてその場をやり過ごそうとするも、いつもなら外す七瀬の瞳に自分が映っているせいで収まるどころか速くなるばかり。

「みょうじ?」

黙ってしまった俺に再び七瀬が名前を呼ぶ。これ以上怪しまれたらたまったものじゃない。
なんとか話そうと重い唇を開く。そしたら、まだ教室に残っていた女子が耳に入った。


「ていうか、違うって言い聞かせてる時点で意識してるっつうの!それで気づかないとか馬鹿じゃないの?」



「あれ、ハルみょうじは?」

忘れ物を持って教室から出てきた真琴であったが、先ほどまでいたみょうじはおらず、遙だけしかいなかった。周囲を見渡して確認するも、人影もない。いなくなったみょうじのことを遙に尋ねるとずっと黙っていた七瀬が口を開く。

「……走ってどこかに行った」
「え、なんでまた」
「わからない」

遙は首を振って否定するが、どこか思案に暮れているようであった。。遙の様子に瞬時に気づいた真琴はどうかしたのと問いかける。少し迷った様子を見せたが少し時間を置いて遙が答える。

「……絶対認めない、っていわれた」
「へ?なにを?」
「さあ……だけど、みょうじ顔が真っ赤だった。もしかしたら風邪かもしれないな」
「ええっ!?」

一体なにがあったの!?と驚きで声を上げる。そんな真琴をよそに遙はみょうじが消えた方向を見つめ続けた。




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