部誌3 | ナノ


これを恋とは認めない



『今、タイガが、そっちにいく』と書かれたメールを眺めながら、逃げてしまいたい、と溜息を吐いた。多分、辰也じゃなくて、アレックスがヘマをしたのだろう。会いたくないと、言っておいたのに。あんまり彼女はそういう隠し事が得意な方ではないから仕方ないか、と、曇天に覆われた天を仰いだ。

ぱたぱたと駆けてくる影を見て、ああ、大我が来た、と思った。見間違えるはずがない。自分を目指して駆けてくるその姿を、見間違えるはずがない。
どんな顔をして、出迎えればいいだろう、とマフラーに顔を半分突っ込んで、は、と息を吐いた。少しだけ寒くなっていた首筋が少しだけ暖かくなる。
「なまえ!」
顔が見えるか見えないかわからないくらいの距離で、大我が名前を呼ぶ。それが嬉しくて、手袋を忘れてきたからポケットの中に突っ込みっぱなしだった手を出して、少しだけ振った。それに大きく腕を振り回して振り返す姿が可愛くて、笑う。

ああ、可愛いな、と、流されてしまうから、会いたくなかった。

「どうして、Eメールにこっちに来てるって書いてくれなかったんだよ」
拗ねたように開口一番に言った大我にやっぱり聞かれるだろうなぁと思っていたことを言われて、笑顔で取り繕う。
「驚かせたかったから」
「……アレックスが、口を滑らさないと、このまま帰るつもりだったくせに」
バレてたか、と思いながら肩を竦めると、不機嫌そうに唇を尖らせる。
「……いつまで、いるの?」
「もう、帰るよ。仕事もあるし」
「……嘘だ」
「……どうして?」
本当はもう少しここにいるつもりだったけれど、大我に見つかったから帰ろうと思った。それを、あっさりと看破されたことに、少しだけ驚いて、そう、聞き返す。
少し、悩んだようにした大我が、勘、とだけ答える。侮れない勘だなぁ、と思いながらどちらでも取れるように首を傾げると、大我の顔が少しづつ、曇っていく。
そんな顔は、見たくないのに。
「……なまえは、オレに、会いたくなかった?」
すっかりと、しょげかえった顔で、そんなふうに言われると、「そんなこと無い」と、慰めたくなる。ずっと、ずっとそばに居たくなる。
だから、会いたくなかったのに。
「……どうして、そう思う?」
そんなこと無い、とは言えなくて、もう一度、疑問を疑問で返す。ああ、狡いなあと思いながら、どうしても素直に答えられる気がしなかった。もし、答えるとしたら、どうすれば、彼を傷つけないように出来るのだろう。そう、考えてしまうから。
「……困った顔、してるから」
よく見てるなぁ、なんて感心して、そうだ、自分が大我を見ている間、大我もずっと自分を見ていたのだ、とそこで気づいた。
そうだ、そんな大我が、好きなのだ。そう、思いながら両手をホールドアップする。
もう、ずっとずっと、楽になってしまいたかった。
「……会いたかったよ」
そう、吐露すると至極スッキリとした。取り繕って何度も何度も文面を書いて消してを繰り返したEメールを書く、あの気分がすべて、雪解けのように融けて消えていく。こう、言いたかったのだと思いながら、ずっとずっと、先行きの不安を抱えていた。
「……なら、」
「会わないことに、決めてたんだ」
不満気に顔を顰めた大我に、苦笑する。大我は、我が強くて、押しが強いように見えて、ずっと親しいだとか、近いと思っていた人間に対して強く出られないようなところがある。きっと、大我が優しいからなのだろう、となまえは思っていた。
「会ったら、きっと、諦められなくなるから」
「……何をだよ」
不満気な低い声。ああ、大きくなったなぁ。男になったんだ。大人になったんだ。そう、思いながら頭に浮かんできた短絡的な思考を抑えこむ。この、思考を、ずっとずっと恐れてきたのだ。
「……お前を、愛してるって、そういう気持ちだよ」
「どういう意味だよ」
ぐっと、顔を顰めて、泣きそうな顔で大我が凄む。その顔に、ドギマギするような人間ではないことは大我もきっと知っているから、それは素なのだろう。本気で怒っているのだ。
「オレは、なまえが、好きだ、」
「うん」
「なまえも、オレが好きで、それで、」
いいじゃねぇか、と消え入るような声で、大我が言う。それを聞きながら、ああ、寒いなあ、と思う。寒いのは苦手だ。きっと、ずっとずっと寒いからこんなことを言い始めてしまったのだ、と、思う。
「……大我は、きっと、俺のことを、愛してないよ」
傷ついたような顔をする大我に、この顔が、見たくなかった。と思った。それはきっと優しさではなく、エゴだった。大我にこんな顔をさせる自分が反吐が出るほど嫌いだった。
「……なんで、なまえにそんなことが言えるんだよ!」
「俺が、お前を愛してるから」
まだ何か言いたそうな大我が、ぐっと口を閉じた。口でなまえに勝てたことのない大我はこうやってよく押し黙る。それで、なまえは勝ったとは思えなかった。
本当は、彼が保護者の代わりに自分に身を寄せているだけでもなんでも、そのまま抱きしめて自分のものにしてしまいたかった。彼が勘違いしているだけならそれでよかった。
それでも、それを選ぶ自分にはなりたくなかった。大我の為だと言いながらこれもきっと、自分のためなのだろう、と言う気がした。
「……なぁ、大我」
目線を上げた大我の眦からひとつぶ、涙が落ちた。ポケットで温めていた手を引っ張りだしてそれを拭う。気温が冷たいから涙もすぐに冷たくなっている。すっと冷える指を握りこんで暖めながら言葉を続ける。
「お前はいつか、恋をする。そしたらきっと、俺のことを忘れる」
願望かもしれない。
それは、悲観的ななまえの妄想かもしれない。
それは、大我にこんな人生を生きて欲しいという、なまえの理想の押し付けかもしれない。
大我が何かを言おうとする唇に指を当てて塞ぐ。これ以上の言葉を訊くと揺らぎそうだった。もう、何も、これ以上の変化を望んでいなかった。

多分きっと、大我が自分を置いていく妄想に取り憑かれているだけなのだと、それが怖かったのだと、認めたくなかっただけだった。




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