部誌3 | ナノ


やわらかな棘



「なぁ、お兄さん。ここが何する部署か知ってるよなぁ?」
「はいー。アヤカシその他諸々に関する荒事を処理する部署ですー」
「んで、アンタのとこが届けてきたこれは一体何だってんだ?」
「はいー。我社の人気商品、『やわらかな刺』シリーズですー。ちなみにこちらの商品についてるこの刺は特殊な素材を使っていましてー、なんと!殴られても痛くないんです!!肩こりをほぐすのに、この刺がちょうどいいというお客様もいるぐらいなんですー!」
「うちの部署で武器にならねぇもんを武器屋に発注するわけねぇだろ!発送前に気づけ!!つーか、なんで武器屋が武器以外の物開発してんだよ、この木偶野郎!」
「別にうちは武器専門店ってわけじゃないですしー、木偶野郎とは心外ですー」

苛立ったように声を荒らげる男に少年はころころと鈴を鳴らすように笑った。
二人が挟んで座っている机の上には口の開けられた箱が置いてあり、箱の中には刺付きのメリケンサックのような物が詰められている。

「そこに直れ!貴様のその腑抜けた根性、叩き直してくれる!!」
「もー、隊長さん、さっきから三人称とかがあっちこっちしちゃってますよー?」
「黙れええええええ!!!」

男は怒鳴り散らすと目の前にあった机を蹴り上げ、少年は立ち上がるとひょいひょいと男が投げている物を身軽にかわし、楽しげに笑った。

「ほんと、隊長さんは面白いですねー」
「ちょこまかと逃げてんじゃねぇよ!」
「僕ぐらいを捕まえないのに、よく隊長さんやれてますねー」
「うるせぇ黙れ!!」
「あ、もしかして気にしてましたー?ふふふー」
「俺はもう歳なんだよ!てめぇみてぇにわっかいのをいつまでも追いかけれるほど体力ねぇんだっつーの!」

戸棚と天井の隙間に寝転んだ少年を男は睨み上げ、少年は埃まみれになるのも気にせず楽しそうに笑っていた。

「……あー、もういい。やめだ、やめ。つーか、降りてこい。埃まみれじゃねぇか。てか、動くな。埃落ちてくるだろ」
「だって、隊長さんがいっぱい物投げてくるから、ここなら狙いにくいかなって思ってー。あと、こういう隙間、大好きなんですよー」
「確かにそうかもな。まぁいい。降りてこい。お前じゃなくて、一緒についてきた奴にうちの副隊長が話つけてんだろ」
「ですよねー」

しばらく少年を睨んでいた男は溜め息をついて頭を掻くと、転がっているものを拾い始め、少年はそれも楽しそうに見つめ、男が粗方片付け終わるまでごろごろと隙間に寝転んでいた。





「……あ、収まりましたね。またいろいろ壊したみたいですよ、隊長」
「それは構いません。後で何とかします」

二人がいる部屋のドアに耳を貼り付けていた青年が耳を離し、側に立っていた男を振り返ると、男は少しだけ笑いながら、申し訳なさそうに立っている傍らの少年に視線を向けた。

「うちのアオが申し訳ないです」
「いえ、いいんですよ。うちの隊長も楽しんでいるみたいですし」

ぺこぺこと頭を何度も下げる少年を安心させるように副隊長と呼ばれた男は笑いかけ、すぐそばの椅子に座るように促した。

「確かにあの商品が届いた時は、正直言って驚きましたけど」
「すみません。一応試供品だったんですが、入れる個数間違えて送ってしまって」
「それは……すごい間違え方をしましたね」
「すみません!ほんと、すみません!!」
「今後、気をつけてくださいね」
「はい!それはもちろん!!」

緊張したままの様子の少年に副隊長は苦笑を浮かべながら、隊長が室内に持って行く前に拝借した一つを弄びながら眺めていた。

「でも、本当にアオが楽しそうにしていて、連れてきてよかったなと思います。……いろいろ壊してしまったことは、本当に申し訳ないですし、請求されればいくらでも弁償しますが」
「あぁ、弁償については気にしないでいいですよ。隊長のいい息抜きになったみたいですし」

嬉しそうに笑ったり、青ざめたりしている少年を眺めて思わず笑いながら椅子の背もたれによりかかった。

「あの人、ストレス溜めすぎるとただでさえ、他より短い寿命をガンガン削ってしまう人なので、ちょうどいいんですよ。あれぐらいが」
「そう、ですか」
「こちらこそ、不安なんですよ。アオ君、貴重なものじゃないんですか?」
「まぁ、ある程度の傷ならば、アオは修理すれば大丈夫なので」
「そうですか。いいですね。修理をすれば大丈夫、というのは」
「修理できない傷もありますけどね」
「なるほど」

持っていたメリケンサックで肩をぐいぐいと押しながらの副隊長に少年は視線を伏せたまま言い、副隊長は「これ、欲しいですね」とぼやいた。

「あ、今回間違えて届けてしまったものの返品はしなくていいです。ぜひ使ってください」
「え、いいんですか?」
「はい。いつも私たちの所から商品を買ってもらっていますし、アオもご迷惑をおかけしていますので」
「……では、お言葉に甘えさせてもらいましょうかね。ありがとうございます」
「いえ、これからも、ぜひよろしくお願いします、ということで」
「なるほど。そうですね。こちらこそ、よろしくお願いします」

ぎこちなく微笑みながら言う少年に副隊長は微笑みを返し、嬉しそうに手にしたメリケンサックを眺めた。

「あの、また、アオを時々連れてきても良いですか?」
「えぇ、もちろん。うちの隊長と遊んでやってください。あと何年そういうことができるかはわかりませんけどね。他の面々なら、あと数十年はきっと大丈夫なんですけどね。アオ君は、うちの隊長の方がいいんでしょう?」
「そうですね。……私は、アオにとって、隊長さんとの時間が『やわらかな刺』になってくれればいいと、思ってるんです」

茶化すように言った副隊長の言葉に微笑みながら、少年はアオと隊長がいる部屋の扉に視線を向けた。

「どういうことです?」
「アオにとって、私や、きっとあなたにもあるように、思い出すと胸の奥が少し痛むような、けれど、決して辛いだけではない大切な人に、その人と過ごした記憶になってくれれば、と……。勝手な願いではありますが」
「いえ、いいんじゃないですかね。あの人も、そうなれば喜ぶんじゃないですか?」
「そうでしょうか」
「勲章よりも、誰かの感謝の言葉を喜ぶような人ですよ、うちの隊長は」
「……そうですか」

少年は扉から副隊長に視線を戻し、微笑んだ副隊長に少しほっとしたような表情を浮かべ、微笑んだ。

「ったく、埃まみれになりやがって。汚れるだろ」
「とか言いつつ服に付いてしまった埃払ってくれる隊長さん、好きですよー」
「けっ。勝手に言ってろ」

不意に扉が開き、並んで出てきた二人を見て、副隊長と少年は立ち上がった。

「おーおー、坊ちゃん。いつもご苦労だな」
「いえ、こちらこそいつもアオがご迷惑をおかけしてすみません」
「ホントだよ。ま、これからもよろしく頼むぜ」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げた少年の髪を隊長はぐしゃぐしゃと撫で、それを見ながらアオは少し不満げな表情を浮かべて少年の服を引っ張った。

「うん。アオ、帰ろうね」
「ん」
「では、お邪魔しました」

にこりと笑ってアオの頭を少年が撫でれば、アオは嬉しそうに笑って頷き、少年は隊長と副隊長に頭を下げ、アオを連れて帰っていった。

「はー……疲れた」
「お疲れ様です」
「ったく、毎度毎度やんなるぜ」
「そう言いつつ楽しんでるのは誰ですか」
「楽しくったって体力もたねぇよ」
「そうですか」

どかっと適当な椅子に座る隊長に副隊長はくすくすと笑い、自分も近くの椅子に腰掛けた。

「アオ君にとって、あなたはこれみたいな存在になって欲しいらしいですよ」
「はぁ?こんな殴っても痛くないような存在だって?意味わっかんねぇなぁ、坊ちゃんの考えることも」
「そうですか?私にはよくわかりますけど」
「ふーん」

置いていったメリケンサックを隊長に差し出せば、隊長は手にはめて適当にぶんぶんと腕を振り回し、ややあってから外し、興味なさそうに机の上に放り投げた。

「お前にとって、俺はそれみたいな存在なのか?ん?」
「そんなまさか。私にとってあなたは、一緒の棺桶に入りたい存在ですよ」
「相変わらず気色悪いこと言うなぁ」
「ほっといてください」
「拗ねてんじゃねぇよ。ばっかだなぁ」

けらけらと笑う隊長の顔を眺め、ふと脳裏に浮かぶ記憶に苦い想いと甘い想いが沸き起こり、軽く頭を振ってそれらを振り払うと副隊長は『やわらかな刺』を肩に当てた。




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