部誌3 | ナノ


やわらかな棘



支部長室のソファの上で足を抱える子供は、そのくりくりと大きな目を不機嫌そうに半分閉じて、なにか言いたげに口を尖らせてヨハネスの方を見ていた。しかしヨハネスはそれを無視し、部屋に呼びつけた第一部隊隊長のリンドウに特務を申し付ける。それを聞いた子供は眉を顰め、べっとリンドウの背中に向けて舌を出した。リンドウ越しにその様子を見たヨハネスは笑いをこらえ、さっさとリンドウを追い返した。彼が退室し、閉まった扉にもう一度舌を出してから、なまえはヨハネスの机に駆け寄ってきた。
「ねえねえ、ヨハン。どうしてリンドウのことを使うの? あいつ、ヨハンのこと裏切ってるんだよ?」
「彼は優秀な神機使いだからね、もう少し働いてもらおうと思っているのさ」
「……あいつなんかより、ぼくのほうが強いもん」
柔らかな頬をぷっくりと膨らませるなまえは、確かにずば抜けて優秀な神機使いである。平均の五倍以上の偏食因子の適合率に目をつけて、ヨハネス自ら孤児だったなまえをフェンリルに引き抜いたのだから。12歳という年齢なれど、討伐成績はソーマに並ぶだろう。単独で特務を依頼することもある。何より、なまえはヨハネスを盲信し、絶対の忠誠を誓っていた。
なまえはヨハネスの机に膝をのせ、椅子に腰かけるヨハネスのほうへ身を乗り出す。
「こら。行儀の悪い」
「ん、ちょっとだけ、許して? ね?」
完全に机に乗り上げたなまえは、ヨハネスに手を伸ばし、鼻先を擦り付けるように顔を近づけた。仔犬のようなその仕草に苦笑し、甘えたがる彼の頭を撫でてやる。
「ヨハン、あなたは正しい。人類の為のあの計画を、誰にも邪魔させたりしない。あなたの障害はぜんぶぼくが壊してあげる」
「それは頼もしいことだな」
「でしょう?」
満面の笑みできらきらと目を輝かせるなまえに、アーク計画の犠牲になる多くの人々のことは見えていない。彼を拾ったときから、ヨハネスがそのように育ててきたことは否定できないだろう。それをヨハネス自信も気づいている。
しかし、なまえがヨハネスに与える無条件の肯定は、ヨハネスを確かに救い、アーク計画を前進させていた。この子供の純粋な瞳の前では、犠牲にする人類の大部分への罪悪感を忘れることができる。
「ヨハン、ぼくはちゃんと、あなたの役にたててる?」
首を傾げ、期待を込めて見つめてくるなまえに微笑み、額にキスを落としてやる。
「もちろんさ。これからもよろしく頼むよ、なまえ」
きゃっと首を竦めて喜ぶ子供の姿に、ヨハネスは目を細めた。
なまえの無邪気な、悪意のない言葉はまるで麻薬のようだと、人類の未来を憂う偉大な科学者は思った。




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