部誌19 | ナノ


チョコレートの賞味期限



「賞味期限切れてるじゃねーか、あのクソ野郎」

 包まれていた布に記されていた日付に舌打ちをうつ。
 サイドテーブルに大事に直されていた布の中には小さなチョコレートがひとかけら残されていた。

 リヴァイは残されていた最後の欠片をつまむと躊躇うことなく口の中に入れると、チョコレートはリヴァイの口の中で少しずつ溶けていき、どろどろになりながら甘い味が口の中に広がっていく。

「甘え」

 なまえの部屋で過ごし、これは褒美なのだと顔を綻ばせてチョコをつまむ男の姿を鮮明に覚えている。
 本当ならば、なまえはここでリヴァイが食べた分も食べる筈だった。
 小さなかけらを泣きそうな顔で食べる度に生きていることを実感していたなまえは、この欠片を食べることを何よりも楽しみにしていたくせに。





 なまえがその存在を思い出したのは、久しぶりに帰ってきた自分の部屋に戻ってきてからだった。
 調査兵団として幾日も過ごす中ですっかり忘れていたその存在は甘党だからという理由でこっそりエルヴィンから渡された、ささやかなプレゼントだった。
 肉も満足に食べられないような暮らしの中でのその贅沢品は町を歩いていてもめったにお目にかかることはない。
 本当にいいのかと何度も何度もエルヴィンに確認し、そうして受け取ったものが過去に一度しか食べたことのないチョコレートだった。

 今となっては遠い昔、高価なそれは貧しい生活を送っていたなまえにはとうてい買えるものではない代物だった。
 「いつか食べてみたいね」と母親に手を引かれながら会話したそれはただの雑談だった筈なのに、その年の誕生日に母からなまえに贈られた。その時にもらったチョコレートは量として欠片程度のものだったが、それでもその頃はそれがとても嬉しかったことを覚えている。
 無理をして買ってくれたに違いないのにそれをおくびにも出さず、ただ息子の成長を形に変えて喜んでくれた母は、今はもういないけど。
 
「そんなクソ甘いものよく口にできるな」
「……ご褒美なんだよ、これは」

 死亡率の高い調査兵団に入団し、幾つもの巨人を目の前にして、多くの仲間を失いながらもなまえは生きていた。
 帰る家を宿舎へと移し、巨人の項を狩りながら五体満足で動いているが、明日も生きている保証はどこにもない。生き延びることが難しいこの世界で、自分の部屋という安心できる場所に戻ってきてようやく息が出来る。
 そうして思い出すのだ。自分にとって褒美である、チョコレートの存在を。

「褒美?」
「生きて帰ってこれた、自分へのご褒美だ」
「だからそんなちまちま食ってんのか」

 チョコレートは食べ物だ。当然、食べればなくなるし衛生面的にも早く食べきってしまえばいいことはわかっている。
 それでも高価な食べ物であり、量もそれほどあるわけではないチョコレートを大事に食べているのは思い出の食べ物だからというのもあるかもしれない。

「三日後、壁外調査だ」
「わかってるよ」

 普段から危険な壁外調査に加えて次の作戦はエレンという兵士を守りながらだというのだから、相変わらずの激務になりそうな気配に溜息が出る。
 大事に食べ続けたチョコレートは残り僅かだったが、次に戻ってきた時の褒美として楽しみにとっておいた方がいいのかもしれない。

 もう少しばかり食べたい欲を抑えて口の中に残る甘さの余韻に浸りながら、布で丁寧にチョコを包みなおしてサイドテーブルに戻すことにした。

 調査に出ればまたしばらく部屋を開けることになるのだろう。
 この部屋に戻るまではまたしばらく、存在ごと忘れてしまうに違いなかった。



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