部誌19 | ナノ


チョコレートの賞味期限



 高級そうな菓子箱にも見える黒い紙貼りに金縁の装飾が施されたそれが、随分と長い間手を付けずにいた本棚の奥から出て来てそれを手に取りながらみょうじは首を傾げた。
 本の一冊に紛れて置いてあっても違和感のない厚みと大きさ、振ってみるとカサカサと中で音が鳴り何かが入っている。
 思い当たりがなく埃を被ってはいるが随分と上等そうなそれを、上下左右ひっくり返してみる。
 開けてみるのが早いかと端を持って割るように開くと、横にしたそこからころころと何かが手にぶつかりその勢いで床に散らばるのを慌てて追いかけた。
 指先で拾い上げて摘んだそれに、黒い瞳が僅かに大きく開かれる。
 それは艷やかな丸い表面に金箔が散りばめられた、一粒のチョコレートだった。
 いかにも高級そうなチョコレートと包装にみょうじの頭の中に、遠く朧気な記憶が蘇る。
 白く筋張っていて神経質そうな指先がローテーブルの上に置かれたこの箱を、そっと三指で突きだす姿はいかがわしい取引現場のようであったが、バツの悪そうな顔は決して渡したそれが悪い物ではないことを教えていた。
 そうだ、いつだったか、七海に貰ったバレンタインのチョコレート…。
 食べたことも手に取った事すらないような銘柄のチョコレート、それも好いた相手からなら喜ばない訳もない。
 食べてなくなってしまうのが勿体なくて後生大事に持ち帰って、そして、どうしたのだったか。
 食べた記憶がないのなら、この手の中にあるのがきっとあの時のそれなのだろう。
 後生大事にとは言ったがまさか本棚に隠してそのままにしてあるなどと、貧乏性で好物は最後に食べる質だがそれにしてもこいつは明らかに賞味期限切れだ。
 結局贈り主の期待通りに口に運ばれることもなかった、宝石のように美しくデコレーションされたそれにみょうじはなんだか申し訳なくて眉を下げた。

「……どうしたんですか?」

 物が落ちた音を聞きつけてきたのだろう顔の半分を火傷が覆う見慣れた顔が、ひょこりと部屋のドアからこちらを覗き込んだ。



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