部誌19 | ナノ


雨の合間に



 植物園にスコールの時間があることはこの学園の生徒なら誰でも知っている。
 入学当時に先生から説明を受け、それを忘れてスコールに合う生徒が毎年必ずいるからだ。端末の心配をするイグニハイド生とメイクが崩れると怒り出すポムフィオーレ生を筆頭に近付かないようになり、そこへサバナクロー寮の寮長が縄張りにしているなんて聞けば他の寮生達も遠ざかって行った。
 それを知っていても、なまえには植物園に行かねばならない事情があった。

 「Bad Boy!」と怒られたのはつい先程の授業のことで、お仕置として植物園にあるカミキリ草をもってこいと言われたばかりなのである。怒られる要因となったのはハーツラビュルとサバナクローの奴らが喧嘩をし始めたせいなのに、止めなかった──正確には、止められなかった──連帯責任として、なまえまでクルーウェルのお仕置きに巻き込まれてしまった。解せぬ。
 そして件の二人はというと、寮長のリドルが怖いからという理由で逃げるし、マジフト部の練習に遅れるからと行って逃亡した。

 ハーツラビュルについてはあとでそちらの寮長にチクってやるとして、サバナクローの寮長に文句を言ったところで聞いてもらえないのはわかっている。というより、近付くなオーラが出てるのでまず会いたくない。
 仕方がないので名前のバイト先であるモストロラウンジに引っ張りこんでパラダイスミルクカフェ・クリームマシマシを奢らせてやると今決めた。モストロラウンジで上から二番目に高いデザートだけど知ったことじゃない。

 残されたなまえは仕方なしに植物園にやってきた訳である。
 クルーウェルが怖いと思ってるわけではないがこれ以上の面倒は避けておきたかった。
 授業中でしか訪れたことのなかった植物園は放課後ともなればとても静かな場所で、昼寝をするのに最適な場所だなと思う。
 よく知らない花や草も数多くあって探究心が動いたものの長居をするつもりはなく、なまえは腕に着けていた時計を見遣るとスコールの時間を確認した。
 スコールの前後はサバナクローの寮長も居ないことが多いと聞いているし、誰にも会うことなく帰ることが出来る筈だ。
 そもそもマジフト部があるから出会う筈がない。
 そう思っていざと足を進めると、「おい」となまえを呼びかける声がした。

「えっ」
「お前……オクタヴィネルの奴か」
「エッ、アッ、ハイ……」

 嘘でしょ、植物園に入った途端ラスボスが現れた。
 欠伸をしながら気だるげな様子でなまえを見つめている。
 チラリと向けた腕の時計はそろそろスコールの時間に入る頃になるというのに、なんでここにいるんだろう。

 そもそもマジフト部があるのでは? この人部長じゃなかった?
 この時間までレオナ・キングスカラーが居るだなんて聞いてない!

 陸の言葉で蛇に睨まれた蛙という言葉があるようにひゅ、となまえの喉に息が詰まった。
 部長不在の部活をしているだろうクラスメイトに心の中で助けを呼びながら、なまえの鼻に水が掛かり「あ」と呟いたと同時に大粒の雨がなまえの顔に落ちてくる。

「チッ……おい、こっちだ」

 植物園を縄張りというだけあって慣れてるのか、雨の少ない方へと歩いていく。着いて行くと小さいけれど雨宿り出来そうな建物へ辿り着き、二人して屋根下へと身体を滑り込ませた。
 ラスボスなのにモブ(なまえのことだ)に優しいな、なんて思っていると突然顔を近付けられてすん、と匂いをかがれてドキリと心臓が跳ねる。

「なんか食いもん持ってるだろ」
「食べもの……あ、飴なら少々」
「出せ」

 ここで飴を出さなかったらジャンプさせられるんだろうかと頭に思い浮かんだが、レオナの前でただの草食動物と化していたなまえは素直に飴を差し出した。
 本当は草食動物じゃなくて魚類なんだが、きっとこの人に主張しても無視されるに決まっている。

「どうぞ」
「ン」

 ポケットから取り出した飴はウツボの形をしたものでオクタヴィネルの一部の生徒に人気の飴になる。月初めに買いに行かないと売り切れてしまうことが多く、フロイドがよくこれを食べてるのを見掛けるのでいつも少し多めにポケットに入れているのだ。少しだけ機嫌の悪いフロイドならこれで機嫌が直ることもあるのだから安いものである。

 なまえから飴を受け取ると包みを破り、ガリと砕く音がした。

「えっ」

 飴は舐めるものだと信じて疑わなかったなまえがぽかんとした表情でレオナを見ていたせいかその様子に気付いたレオナがなまえの顔を見てくっと笑いを零す。

「飴って舐めるものでは」
「あんまり好きな味じゃねぇ」
「横暴……」

 それでもお腹が空いてるのか、腹の足しになればなんでもいいのかわからないがあっという間になまえが持っていた手持ちの飴を食い尽くされてポケットの中が空になった頃、ようやく植物園のスコールが止んだ。
 止んだといっても小休止みたいなもので、ぐずぐずしているとスコールの続きが始まってしまう。
 レオナとなまえは顔を見合せ、濡れずに済んだ礼を言うつもりで口を開くと生暖かいものがなまえの唇に触れた。
 ぺろりと舌で舐められてようやくそれがレオナの唇だとわかるとなまえは驚いて後ずさる。

「次はライオンの飴でも用意しておけよ、なまえ」

 今の間に移動するつもりなのかひらりと手を振って水浸しの中を歩いていく。
 次のスコールまで時間がないというのに、呆然とその背中を見送りながらなまえはある事に気付いた。

「えっまってなんで名前…いや、それよりも俺の初キッス……」

 ラスボスに会って優しくされたと思ったらカツアゲされてファーストキスを奪われました。
 そんな嘘みたいなホントの話、誰も信じてくれるはずがない。
 呆然としたまま植物園を後にして悶々とした夜を過ごした結果、ハーツラビュルの寮長にはチクれなかったし、次の日にクルーウェルに怒られるし、逃げた二人からも怒られてモストロラウンジでパフェを奢らす計画はパァになった。



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