部誌19 | ナノ


ギフト



端材を組んだだけの、粗末にも見える柵をたしかめながら、なまえは畑の周りをぐるりと歩いた。
土の匂いと、みずみずしい葉の匂いにまじって、豊かな土地の魔術が香る。作物に適した魔術と祝福を邪魔しないように、外に漏らさないように外周の補修点検を済ませながら、なまえは畑の様子を見守る。
なまえが生まれたウィーム中央の家には、窓のそばで育てられる小さな鉢植えしかなかった。そこでは生活に必要なハーブが育てられていて、シチューを作る際には窓からひょいと手を伸ばしてちぎり取って使う。なまえがはじめて「お手伝い」として任された仕事が、その小さな鉢植えの世話だった。
お小遣いを使い込んで、鉢植えを大きくして、いい栄養剤に、土を揃えて。ハーブがよく香る祝福をもたらす妖精を探して、行方不明になり、しこたま怒られたりもした。
もともと、植物を育て育むことに有利な魔術を得ていても、ここまではまり込むとは思っていなかった両親は、求めた祝福をしっかり手にしたまま街を守る騎士に捕獲されて帰還した息子を前に困惑したという。
生まれつき、高めの魔術可動域に鉢植えを守るための魔術と祝福をかき集めてまわったなまえが、小さな家を飛び出して自らの畑を得たとき、一番安堵したのは両親だろう。ウィームにはなまえのような変わり者が他にもいて、教え導く環境は整っていたから、土地の環境に問題を出す前に、それを整える魔術を教えてくれる人がいて、近隣には影響はなく、なまえが育てるハーブを喜んでくれる人が多かったが、続々と増えていく鉢植えに生活空間を脅かされた両親は、なまえが家を出ることをそれは喜んだ。
両親とは、不仲ではなかったが、如何せん、魔術可動域による寿命差は覆しようもなく。両親を見送ったのはしばらく前のことだったが、なまえは未だに「任せたお手伝いが鉢植えのお世話でなければ」とつぶやく姿を思い出す。
おそらく。任された仕事がそれでなくても、なまえはいつかは畑を持って、何かを育てていたと確信しているが、育てているものは香草の類とは違うものだったかもしれない。
なまえの仕事がひとかど、と呼べるものになったとなまえが確信したのは、顧客の中に人ならざるものが混ざるようになってからだ。
元々、こういった嗜好品に対してのひとならざるものたちの興味は高い。興味を引きやすいものではあったが、その仕事が認められるには難しいものがあった。
スパイスを司る魔物は別にいて、畑を守り育むことが得意な妖精はいくらでもある。しかしながら、魔術を生まれ持たないからこそ、特定の資質に偏ることのない畑を人間のなまえは作ることができる。
安定して、食楽を司る夜の系譜のものたちの満足させる品質のものを作り出せるようになる頃には、なまえの魔術師としての階位も随分上がってしまったから、素性を隠してやってくるひとならざる客たちが、どのようなものなのか察せるようになってしまったし、強欲で、己の気に入ったものを抱え込んでしまうきらいのある厄介な客たちの食指をひらりと躱してしまえるようにもなってしまった。
植物の系譜というものは、執念深く、扱いの難しいものが多いために。なまえは階位を上げざるを得なかった、ということもある。
今日も今日とて、大切な畑に入ろうとする妖精を駆除しながら、なまえは最近増えてきた種類の妖精が忌避する香りのものを撒いてみようか、と考えた。
大切な畑に影響がないように、慎重に成分を選ぶ必要があるが、と、そこまで考えて、リンと来客を告げる音に顔を上げた。その気配は、今の悩み事にぴったりの人材であり、なまえは口の端を少しだけあけて、販売スペースへと足を向けた。
「いらっしゃい」
旅装に身を包んだ人間の男がなまえの姿に「ひさしぶり」と穏やかに答えた。スープの魔術師の異名を持つこの男は、魔術師嫌いなのだが、なまえとは古くからの馴染みでおなじウィームで育ち、かなりはじめのほうから食材を融通し合う仲であったこともあり、穏やかに受け答えをする。
その他のものへ向ける苛烈すぎるほどの気性を、知ってはいるが、なまえにとってはそれは当然の範囲を出ないものであり、誰かに言わせれば、似た者同士らしい。
「収穫はどう?」
「予定通りだ。そっちは?」
「悪くはないよ。ただ、近頃は雲の魔物がよく通るから、雨に交じる魔術が強すぎる。まぁ、調整をかければ問題はない」
近況を話し合いながら、男が注文してあった品目の中から、それに見合うものをテーブルに並べていく。
この土地では育たないはずの、珍しいものから、ありふれたものまで、なまえの畑にはありとあらゆる香草が揃う。
その中でも、ありふれたものが求められることが増えたのが、スープの魔術師、アレクシスの注文のなかでの変化だろうか。
『あの子に出す分は、ベースには君の畑でとれたものを使いたい』と、少しばかり気難しいところのあるアレクシスが心を砕く存在があらわれて、アレクシスがその子のことを『娘』と呼んでいることを、なまえは知っている。
その子がこのスープの魔術師に勝手に娘にされていることを了解しているのかどうかは、なまえの知るところではないが、アレクシスがそれほどまでに気に入る子供であれば、一度見に行ってみたいとなまえは思う。
しかし、どうやら高位の魔物の伴侶であり、露出の少ないその子に会うには、かなりシビアにタイミングを合わせる必要がある。なまえはこの畑を長く離れるわけにはいかないし、嫉妬深く守りを固めている魔物を刺激させずに会うには、どうすべきだろうか。
意外に、意外なところから、縁というものは転がり込んでくるもので、ウィームの円環に祀られたその子に会う機会は、いくらでもあることを、なまえは知っている。
「そうだ、注文にはなかったけれどこれはどうかな」
そう言ってなまえが差し出した変わり種のセージの枝を、アレクシスが目を細めて観察する。
「変わった祝福が手に入ったからね。育ててみたんだ」
「これはいいな。これでメニューを作ってみよう。どれくらいある?」
在庫の量を示せば、アレクシスは嬉しそうに新しいスープのレシピに夢中になる。なまえはアレクシスのこの顔を見るのが好きだ。
高位のひとならざるものに、認められるためにこの畑の階位をあげたわけではない。どちからかといえば、ただひとりだった顧客のアレクシスのニーズにあわせていたらここまで来てしまった、と言ったほうが正しい。
その執着を、多分彼はまだ知らないのだろうけれども。
彼が来ている間は、他の客が来ないように重ねた接客の魔術を確認して、彼だけにしか出さない品目を少しづつ出して、彼の気を引く。
彼の執着に見合う、食材を守り育てる魔術を得ていたことを、運命と言って感謝しながら、なまえはアレクシスの気を引くために、あたらしい作物のことを考えた。



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