部誌19 | ナノ


sweet



生チョコ強奪事件(おれ命名)から2週間。こんにちは皆さん、お元気ですか。みょうじなまえです。
おれはといえばそこそこお元気ではありません。具体的に言うと、気まずくて弓場を避けています。


開発室への転向願いを保留にされて、どれだけの時間が経っただろう。雷蔵さんのときはこんなに時間がかからなかったっぽいのに、なんだってこんなに時間がかかるのか。
いや、わかってる。多分雷蔵さんの時とあんま変わんない。だって開発室って機密にも関わって来るだろうし、おれって人間の精査に時間をかけるのは当然だ。長いと感じるのはおれの体感でしかなくて、つまりおれは焦ってるんだ。だって隊員やってる間は弓場との接点がありすぎる。

そもそも隣の部屋ってだけでも接点あんのに、同い年だし、防衛任務もよく一緒になるし、食堂とかでもよく一緒になるし。まー仲の良いダチとしてつるんでんだから当然、なんだけども。
あのチョコ事件から妙に気まずくて困る。弓場には絶対そんな気なかったろうに、無駄に意識してしまってるのも申し訳ない。それをおれは態度に出しそうになっちゃうもんだから、弓場に悟られまいとして避けてしまうのだ。ごめんな、弓場。いきなりダチに避けられて、ガラは悪くても真面目なお前が気にするの、わかってんだけどさ……正直、時間が欲しいのだ。ちょっと自分の感情を整理する時間が。

そもそも仲のいいダチにそんなことされたって、ここまで過剰に反応してしまうものだろうか。だって弓場だぞ? マジで普通に仲良かったってだけじゃん。なのにいきなりこんなことになるか?
つまりおれは、あの時の動揺が、実はおれ、弓場のこと好きだったの──!? なんつう恋愛漫画にありがちな展開に陥っているのではと混乱しているのだ。頑張って自己分析しとかないと、変な墓穴掘りそうだったし。
あの展開はマジで少女漫画的展開だったでしょ。だって近くにいた女子隊員が顔真っ赤にしてたもん。あれは女子が憧れるシチュエーションだとおれも思う。姉の持ってる少女漫画に似たような展開あった気がするし。

いやでも待って? 女子がドキドキすんのはわかるよ。憧れの漫画のヒロインとおんなじことされてんだもん。そらドキドキするでしょうよ。でもなあ、なんでおれがドキドキしてんだっつうの。いや、そもそもドキドキ……してたか?
あの時感じたのは気まずさであって、ドキドキはしてなかったんじゃないか? 嬉しいとかそういう感情より、なんてことしてくれてんだこの野郎、の気持ちの方が強かった気がする……。いやでも間接キスだなんだって意識しちゃったのは事実だし……いやいや、うーん。

とまあこんな風に、結論が一切出ないままで弓場に会うのはよろしくないので、避け続けている。でもこれ結論出るのか? 全然出る気しねえんだけど。
ずっと避け続ける訳にもいかないし、どうするべきかね。誰かに相談するとか? でもなんて相談すんの? おれ、もしかして弓場のこと……とか? キモ……そんな自分想像するだけでもキモすぎるし、誰にも相談できんわこんなこと。

隣室の弓場を避けるために、おれは得意ではない早起きをして早々に大学に向かったり、深夜の防衛任務を詰め込んだりしている。あと純粋に金が欲しくて短期バイトも増やした。B級、出来高制だから欲しい時に金が入らなかったりするんだよな。大学が募集してるバイトだと早朝に部屋出るのもおかしくないし、良い言い訳だと思う。
飯はバイト先の教授が奢ってくれたりするし、正直この生活も悪くないと思い始めている。正直体力持つか心配なとこあるけど、それは若さゆえか、飯買い込んで一日中爆睡してダラダラ過ごすだけで結構回復するしな。忙しくしてると弓場のことあんまり考えなくて良いのも楽なんだけど、こういうのダメだよな。結局結論を先延ばしにしてるだけだし。わかってる、わかってるんだけどさあ……。

「なーんか、ままならねえなあ」

「何がままならねぇんだァ?」

ぼーっと部屋に向かう途中だからまずかったのだろうか。それとも平日の昼間で、普通なら授業中だからと油断していたのがダメだったのか。
後ろからかけられた声に、びくりと肩を震わせる。久しぶりに聞いた声はいつも以上に、ってか聞いたことないくらいにドスが効いてて、振り返るのが怖い。

「よォ、みょうじ……随分とまァ、久しぶりだなァ……?」

恐る恐る振り返れば、何故か逆光で眼鏡の向こうが見えない弓場が仁王立ちでそこにいた。いやまじで仁王様かと思うくらい怖い。何? なんで?

「ゆ、弓場、なんか怒ってる……?」

「自覚がねェのか?」

自覚って何!? おれなんかしたか!? いや確かにここ2週間避けてたけど、そんな頻繁に会う仲でもなかったじゃん!? たまたま会うことは結構あったけども、それでも1週間顔合わせないこともあっただろ!? テスト期間とかレポート提出期限間近とかさあ!
平日の昼間だからか、中高生組はいなくても、大学生や就職組はちらほらいて、ラウンジ近くだったからか、細やかに衆目を集めてることに気づいて、弓場! これ前と同じ展開じゃない!? 冗談じゃないんだけど!

思わず一歩後ずされば、弓場も一歩踏み込んでくる。これ、弓場の間合いだ……とか言ってる場合じゃないんだよ。これランク戦でもなんでもないんだから、いきなり弓場が自慢のチャカを抜くとは思えない。てかこんなとこでぶっ飛ばしたら上層部からすげー怒られるわ、落ち着け。そもそも弓場、髪下ろしてるから換装してない! 大丈夫! セーフセーフ!

「逃げんのかァ?」

「だって弓場、怖いし……!」

「怒られるようなことしたおめェーが悪ィ」

「そんなことした!? えっマジで待って怖い怖い怖い!」

ジリジリ詰め寄られて、怖すぎてチビりそうよ!
思わずって感じで逃走したおれを、弓場が舌打ちと共に追いかけてくる。だから怖いんだって! 話をしたけりゃその殺気消して! 後ろで弓場が換装する気配がしたので、おれも必死で走りながら換装する。そらそうでしょうよ、生身と換装体じゃあ基礎体力から何もかもが違うからな!
おれの逃走劇を見ている見物人が障害物になって邪魔すぎると人気のないところへと無意識に進んでいたらしい。弓場に腕を掴まれた頃にはあたりには誰もいなくて、ますますやばいじゃんとおれは青ざめた。今ここでトリガーオフしていいか!? だめか!? この場合おれの生身はどこに行くんだと思う!?
隙を見て逃げ出せないかと視線を彷徨わせたら、壁に押しつけられ、弓場の長い足がおれの太ももの横の壁を蹴った。えっ、足ドン……? 手を掴まれたままなので、おれは至近距離で弓場の腕と足に囲われていて逃げ場がない。何これ? 怖すぎるんだが?

「なんで逃げやがんだァ?」

いやもうこれ恫喝じゃん!? 怖い、怖すぎるんだよ弓場ァ!
もう普通に怖すぎて無理、なんか意識しちゃったの恥ずかしいくらいには怖い。なーにが「もしかして、恋……?」だよそんなわけあるか。ガラ悪いとは思ってたけど、本気の弓場、マジで怖い。すげーよお前。19でこんな迫力出せるやつ早々いないよ。いやいるか。ボーダーだもんな。でもお前みたいな怖さの奴はそうそういないよ。お前がナンバーワンだ。だから頼む、おれを解放してくれ。せめてもう少し離れて欲しい。

足ドンでおれを囲い混んでいるくせに弓場の顔が見えないのは、おれが視線を逸らしてるのと、弓場が少し俯き気味だからだ。この距離で睨まれたらおれマジで泣いちゃうかもしれん。だからそのままでいてくれていいよ、弓場。ついでにお前のなげー足、そろそろ降ろさん? あと掴んだままのおれの腕も解放してくれ。痛いんだよ絶対痕残るよこれ。

「なんで……避けやがんだ」

しょんぼりした声が聞こえて思わず弓場の顔を見た。やっぱり伏せ気味の顔はよく見えない。けどなんかこう、犬の……耳が……見える気が……いや幻覚がすぎる。正気に戻るんだおれよ。
ここで避けてない、と言えるような役者だったら、そもそもおれは弓場を避けてない訳で。でも「もしかしておれ、弓場のこと好きなのかもって思って気まずくて避けました」なんて素直に言えるはずもなくて。うまく言葉が出てこずに、馬鹿みたいに口を開けたり閉めたりしてるおれの言葉を、弓場はいつまでも待っていた。え、これおれが何か言わんと終わらねえ感じなのか?

「ちょっ……と、ひとりで、考えたいことがあって。あと金も欲しかったから、バイトしたりもしてて……別に、避けてた、訳では……」

我ながら白々しすぎるし、棒読みすぎる。でもまあ、全部が嘘でもない。金は欲しかったし、ひとりで考えたかったのも事実だ。弓場を避けてる間は考えることに必死で他のダチにもあんまり関わらなかったから、裏を取られても問題ない、はず。

「避けてねェってのか?」

「いや、避けてたかもだけど! お前だけ避けてた訳では、ない」

結果そうなったってだけの詭弁だが、これで手打ちにしてくれねえか、弓場よ。おれのライフそろそろ尽きそう。

「じゃァなんで逃げた」

「お前が怖い顔で追っかけてくるからだろ!?」

あんな怖い顔で迫られたら誰だって逃げるわ!
そうかよ、と弓場は足を下ろした。よかった、足ドンから解放された。ところで腕は? 腕もそろそろ放さない?

「……ンだよ、俺が、どンだけ……」

はあ、と大きな溜め息付きで呟かれた言葉の最後はよく聞き取れなかった。あとどっちかっつーと聞き取りたくなかったし、聞き取れない方がよかった。なんかやばい気がする。

はあー……とクソデカ溜め息を再度吐いた弓場に、おれだって溜め息吐きたかった。やれやれ、みたいに首振ってるが、それやりてえのもおれの方だから。
ようやく解放された腕は、換装体だからか痕はついてなかった。そのことにほっとしてると、弓場は精神統一するみたいに息を吐きながらリーゼントを整えていた。

「せいぜい覚悟すンだな、みょうじ」

「は? なにそれこわい」

何を覚悟しろっつーのよ。
ニヤリと笑う弓場の顔が悪徳警官とかそれ系で、おれはこの時、変な愛想笑いを返すしかできなかった。

とりあえず、しばらくすべてのことの元凶であるチョコレートは食わねえ。



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