部誌18 | ナノ


夏の果(なつのはて)



夏が終わる。
ジリジリと肌を焼いて痛いくらいだった陽射しが、少し柔らかくなった。セミの鳴き声はいつの間にかやんでいたし、夕日が落ちるのが早くなった。

もう、終わるんだなぁ。
夏の帰り道、いつも並んでいた影法師。おれ以外の影を探してしまう。
もうおれはあの頃みたいなうだつのあがらない学生じゃなくて、大学にも行かずボーダーでしがないヒラ隊員をしている。ボーダーっていう不思議な組織の存在を知ったのは、おれの隣にいたやつが教えてくれたからだ。

雨取麟児。
おれの幼馴染みで、おれの親友で……おれの、好きだったやつ。


麟児との出会いは、幼稚園の時だった。おれは親も頭を悩ませるほどの悪戯好きなクソガキで、麟児は大人しくて賢い良い子だった。人生何周目?ってくらい悟ったところがあるやつで、おれは幼いながらに野性の勘でか「こいつにだけは仕掛けない」と誓っていた。
盛大にやらかした悪戯に「おもしろいね」と笑いもせず返されてみろ、心が折れる。

麟児にだけは逆らわなかったおれを見て、親は目を輝かせて麟児とそのご両親に媚を売った。麟児と仲良くすりゃあおれの悪戯もちょっとはマシになると思ったみたいだ。その効果は覿面で、麟児の得体の知れないところにビビり散らかして、麟児の前では大人しくなったおれは、いつしか大人しくするのが普通になった。麟児のそばは静かで、おれはそれが苦手だったけど、だんだんその静けさが心地よくなってきたからだ。
麟児の親御さんもいい子すぎて大人しすぎる麟児を心配してか、おれと一緒にいるのを許容した。麟児のそばにいるからっておれの根っからの悪戯好きは完璧になくなったわけではなくて、誰も傷つけないようなしょうもない悪戯は続けたし、麟児はそんなおれの後ろでやれやれって顔してフォローに回ってくれた。良い子に違いはないけれど、少しは活動的かつ他人(つまりおれ)とちゃんと仲良くできていることに安心してたみたいだ。

そんなこんなでワンセットになったおれたちは、仲良く同じ小中高と進学した。クラスは離れても麟児とおれの関係は変わらなかった。多分、お互いずっと特別だった。こういうのが親友なんだろうなって、思ってた。
おれは頭がいい方じゃなかったから高校は別になりそうだったけど、麟児と一緒にいたいから必死で勉強したし、麟児は多分、おれのために高校のランクをひとつ落とした。麟児は「進学校に行かなくても成績は維持できる」って言ってたけど、出身校がどれかってのは、結構将来に響く気がする。
おれのせいで進路を変えさせてしまったことにめちゃくちゃ申し訳なく思いながらも、それ以上におれは嬉しかった。つまりそれだけおれといたいって麟児も思ってくれてたってことだから。

親友の好きから恋愛の好きに変わったのは、いつだっただろう。そんなもんおれにもわからない。それぐらいおれたちは一緒にいるのが当たり前で、大切だった。ずっとそうやって、一緒に生きてくもんだと、どうしてか確信してた。
そんなもん、おれの身勝手な妄想でしかなかったけど。

高校を卒業するあたりで、麟児の様子が少しおかしくなった。理由はすぐにわかった。妹の千佳ちゃんのことだ。霊感が強いのかなんなのか、変なものに取り憑かれそうになりやすいらしい。その頃のおれはボーダーなんて組織も近界のことも知らなくて、そういう関係のものは大体幽霊やお化けや妖怪のせいだと思ってて、千佳ちゃんのこともそっち関係だと思い込んでいた。
千佳ちゃんの友達が行方不明になって、そこから麟児は、おれの知らない場所でなんか難しいことをしてるみたいだった。後ろ暗いこともやっていたのかもしれないけど、実際に何をしていたのかは知らない。麟児はそうしたことから頑なにおれを排除しようとしていて、おれはそんなに信頼されていないのかと、不満に思って拗ねていた。甘ったれのクソッタレのおれは、そうして拗ねてそっぽ向いていると、いつものように麟児がなだめに来てくれるものだと信じきっていた。
けど、麟児はなだめに来ることはなく、仲間に入れてくれることもなかった。それがとても悔しくて、だけど麟児から離れることもできなくて、もどかしかった。

多分、ここでおれと麟児の間には、見えない溝ができていた。麟児はその溝を埋められるのを多分拒んでいて、おれは嫌われるのが怖くてその溝を飛び越えられないでいた。

同じ大学に入学しても、麟児は何かを調べて、誰かと接触していた。その間も大学には通ってたし、おれとも普通に遊んでたし、カテキョのバイトにも勤しんでいた。
今までと変わらない日常のようでいて、どこか違う。それが段々しんどくなってきて、おれは麟児と過ごす時間を少しずつ減らしていった。だってそうだろう、心から信頼してるやつに、同じ信頼を返されていないんだ。自分がすごくだめなやつに思えてたまらなかった。
そうしておれが少しずつ離れていくのを、多分麟児も気づいてた。気づいて、わかった上で許容していた。

「なまえ」

夏の暑い日。
帰り道に2人で安いアイスを分け合って、それだけで楽しかった。くだらない話で笑って、暑いなって言い合いながら、肩を組んで帰った。
春夏秋冬、いつだって隣には麟児がいたのに、思い出すのはいつだって夏の日のことだ。

「ついてる」

少し体温の低い麟児の指が、アイスがついたおれの唇に触れる。多分、おれはそれで自分の気持ちを自覚したし、麟児もおんなじ気持ちだったと、思う。
それでも幼馴染みって関係が心地よくて、もう少しこのままでって、思った。この関係をステップアップさせるのはいつでもできる。だからもう少し、幼馴染みのままでいようって、呑気なことを考えていた。
そんな日は来なかったから、おれはあの時の甘ったれた考えを後悔している。

なあ、麟児。
お前がいなくなってから、どれだけの日が過ぎただろう。もう数えるのも嫌になってしまった。
おれに何も言わずにどっか行って、そのまま。おれの「また明日な」って言葉に返した「じゃあな」って一言をお前がどんな気持ちで言ったのか、おれはまだずっと考え続けてる。
お前がいなくなって、修くんと同じようにボーダーにたどり着いて入隊したよ。まだヒラ隊員だし、二宮って人には睨まれてるしでまだまだだけど、お前にたどり着くために何かしてないと頭がおかしくなりそうだった。やりたいことがあるからって親に頭下げて大学にも辞めた。そんなに給料はよくないけど、就職したようなもんだから親は納得してくれた。多分お前のためだって、親父もお袋も気づいてる。

おれ、やっぱりお前のことが好きだよ。
懐かしいあの夏の日の続きを、おれはずっと探してる。
お前を、ずっと探してる。





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