部誌18 | ナノ


”むさい“の二人



その日は、雨が降っていた。

なーんて格好つけて言ってみたが、まあ、雨である。雨って何だかなって感じだ。客数は少ないし、ようやく訪れてきたお客さんはだいたいずぶ濡れだったり靴に泥ついてたりするし。地味に仕事がなくて、掃除みたいな地味な仕事が増える。あんまり嬉しくない日だったりする。
休日の昼過ぎなんか最たるもんで、昼時を少し過ぎたあたりで、もうこれお客さんは来ないな、とそう多くはない経験則で判断した。夕方にはやむらしいから、そうしたらちょっとはお客さんきてくれるかな。まあおれの今日のシフトは夕方までなので、何だかこの状況でバイト代もらうの申し訳ないな。でも勝手に帰るわけににいかないしな、とバイト先の奥さんの顔を伺ってみれば、厨房の方に顔を出しているみたいだった。店長と話している内容からして、どうやら賄いを作ってくれているらしい。そういや腹減ったな、今日の賄い何だろ。

「なまえくん、お昼ご飯作ったから上がって雅人とご飯食べちゃって。お客さん来たら呼ぶから」

「え、いいんですか?」

「いい、いい。どうせお客さんそんなに来ないわよ」

やっぱり奥さんもそう思っていたらしい。おれはありがたく奥さんに渡されたお盆を受け取って頭を下げた。今日はキムチ炒飯らしい。うまそう。

「じゃあお邪魔します」

「はーい。雅人が寝てたら叩き起こしてくれていいから」

「いや、無理ですよー。まーくん強いですもん」

はは、と笑って靴を脱いで影浦家にお邪魔する。店の奥、うまいこと死角を作って隠されたところに下駄箱があって、階段がある。影浦家の居住スペースは2階と3階だ。3階にあるまーくんの部屋には何度か訪れたことがあるので、足取りが軽やかになってしまうのは仕方ない。まーくん、おれの持ってないゲームを持ってるから、遊ばせてくんないかな。対戦ゲームとかしたい。店長の甥っ子がくれた古いゲーム機の格ゲーとか地味に楽しいんだけど、付き合ってくんないかな。

「まーくん、ご飯たーべよ。今日のお昼はキムチ炒飯だよー」

両手が塞がっているので、ドアを開けることができない。まーくん寝てんのかな。もう昼過ぎだけどまだ寝てんの? もしかしてボーダーの夜勤とかあったんかな。学生に夜勤なんてさせんなよって哲に聞いた時思ったなあ。ボーダーに関しておれは思うところありまくりなので、こう、すぐに悪感情が芽生えてしまう。よくないぞこれは。この街を、ひいては世界を守ってくれてるのにね。うんち。

「うるせえ……」

「えっ、うるさかった? ごめん……てかやっぱまだ寝てた? 起き様にキムチ炒飯てきつい? なんか別のものもらって来ようか?」

「いらねえ……うるせえ……くたばれ……」

「ひどくね? 起きて飯食えるならここ開けてくれよー早く開けてくれないと雪だるま作ろうごっこするぞ」

「ぜっっっっっったいにやめろ」

なんかまーくんの声死んでるな……やっぱ夜勤明けかなんか? 体調悪そう。奥さんに言った方がいいのかな、なんて思いながら一向に開く気配のない扉を足で開ける。
実は俺、引き戸だろうとドアノブだろうと、足で開けれるのである。いや丸いドアノブは流石に無理だけど、ノブのところが棒みたいになってるやつだといける。この特技、やってるところを母ちゃんか哲にバレたら1時間は説教されるから滅多にやんないんだけど。はしたなくてごめんねまーくん。
奥さんが渡してくれたお盆には水のペットボトルも積まれていたので、まーくんの死んでる喉をある程度復活させてくれるはずだ。多分。

久しぶりに入ったまーくんの部屋は締め切られて薄暗く、空気もちょっと悪かった
。大丈夫かな、と心配になりつつ、お盆をローテーブルの上に置かせてもらい、こんもり布団で山を作っているベッドに近寄る。

「まーくん、ご飯の前に水のまん?」

差し出したペットボトルは、布団の中から伸ばされた手に奪われた。このまま布団の中でペットボトルの水飲むの難易度高い上に絵面が面白過ぎんか? とちょっとソワってたら、舌打ちとともに布団を蹴飛ばしたまーくんが目つき悪くこっちを睨みながら水を飲んだ。機嫌悪そうだけど、具合がめちゃくちゃ悪いわけではなさそうだ。眠かっただけかな、とちょっと安心しながら、ローテーブル近くに腰を下ろす。

「飯食おうぜ。美味そうだよ」

「チッ」

舌打ちが相槌なのは、まあ慣れた。まーくんの態度にある程度慣れると、ちょっとやそっとの迷惑な客なんか怖くないんだからほんと不思議。

キムチ炒飯は、文句なく美味かった。
まあ、辛いもん食ってたから酢豚とかちょっと食いたくなっちゃったけど。



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