部誌18 | ナノ


お見通しのこころ



このままじゃだめだって、わかっている。
わかっては、いるんだけど。

どうにもならないこの感情を、どうしたらいい?



辻新之助は、自他ともに認めるほど、女性が苦手である。
目の前に来られるだけであたふたしてしまうし、近づかれると逃げ出してしまう。私生活でもボーダーでも、このままではいけないとわかっていてもなお、体が勝手に反応してしまうのだからどうしようもない。
チームメイトの氷見や鳩原ですら、慣れるのに時間がかかった。時間がかかっても慣れることができたのだから、おそらくは頑張れば他の女性隊員たちやクラスメイトの女子にも慣れることはできると、思う。しかしそのために相手に時間を割いてもらうのは申し訳ないし、時間を割いてもらって不快な思いさせるのも申し訳なさすぎる。そもそも近界民の敵に女性がいた場合どうする、という問題もある。敵は慣れるまで待ってなんてくれないのだから。ランク戦だって、辻が行動不能にならないように氷見や、二宮にさえも気遣われていて、情けない。どうにかしたいと、辻自身も思っているのだ。

「えー、慣れる必要なんてある? 今の新ちゃんがかわいいのにさあ」

すらりと長い足が辻の後ろから伸びて、そのまま肩に乗る。白くて細い足首が視界に入って鼓動が跳ねる。肩に置かれた足の感触から、またこのひとは履いてないのか、と思うが振り向いて確認することはできなかった。辻もまた健全な男子なのだ。

「なまえさん、俺真剣に相談してるつもりなんだけど」

「うんうん、おれも真剣に答えています。おんなのこと詰まらずに喋れる新ちゃんとか新鮮だけど今のままがうれしいよぉ」

だってそんな新ちゃんのこと、おんなのこみんな好きになっちゃうに決まってるもんね。

拗ねたような口ぶりに、ぐう、と喉が鳴りそうになって思わず息を止める。いきなりかわいいことを言い出すのはやめてほしい。心臓の強度を試されてでもいるのだろうか。確かに前のバレンタインにクラスの女子からもらった義理チョコに盛大に妬いていたけど、なまえが思うほど辻はモテてはいないというのに。

みょうじなまえは、辻新之助の年上の恋人だ。きっかけは二宮だ。
なまえは「争うのは向いてない」という理由で優秀な攻撃手だったにも関わらず開発室へと転向してしまった。同級生で同期。気心も知れているし有能だと、隊に勧誘する気だった二宮はそれはもう激怒して、しばらく口も聞いてもらえなかった、というエピソードはなまえがよく二宮に対して嫌味を言う時に使用される。当時をよく知るひとたちもその話題になると生温い視線を二宮に向けるので、よっぽど大人気ない怒り方をしたのだろう、というのが二宮意外の二宮隊の見解である。
紹介されたのは二人が仲直りした後で、二宮隊に所属するにあたり、トリガーをどうすればいいのか悩む辻に、こいつなら詳しいとなまえを紹介された。なまえはよく新人にトリガーについての説明やアドバイスをしていたらしく、丁寧でわかりやすく対応してくれた。その時はまだ、他の新人とそう変わりない立場だった、のに。

どうして今こんな関係になっているのか、辻にもわかっていない。あれよあれよという間にお付き合いというものを始めていた。お付き合いしているからにはもちろん辻はなまえのことが好きで、同じベッドで眠ったり夢中になって熱を交わすくらいの欲は持っている。けれど奥手であるという自覚のある自分が、まさか高校生で恋人ができるなんて想像もしていなかった。みょうじにたらし込まれるなよ、とは紹介された直後の二宮からの苦言であるが、交際までのスピードや肉体関係を持っている現状を鑑みると、やはりたらし込まれていたのかもしれない。
向かい合っているとキス待ち顔をされたり煽られたりして相談どころではなくなってしまうので、ベッドに寝そべるなまえに背を向け、ベッドには腰掛けず床に座って会話していたのに、結局はこうしてちょっかいをかけられている。肩に乗った足を退けると、すぐに足はベッドへと戻り、代わりになまえ本体が後ろから抱きついていた。

「なまえさん……」

「こっち見てくんない新ちゃんが悪い」

頬を擦り寄せたり、ちゅっちゅとキスをしてくるものだからたまらない。青少年をたぶらかさないで欲しい。ちょっとムラムラしてきてしまって、真剣な話をしているはずの自分にがっかりである。いやでも仕方ないのでは? 好きな人にこんなことされて何も感じない方が問題なのでは?

「てかさー、恋人にそんな話されるおれの身にもなってくんない? つまりドキドキしちゃうからおんなのことうまく話せないってことでしょ?」

冷たい声色に思わず振り返ろうとしたが、なまえの力が強すぎてできなかった。額を辻の後頭部に押し付け、はあ、と大きな溜息を吐く。

「おれはさ、新ちゃんをたぶらかした自覚があるから怖いんだよねぇ」

「たぶらかしたなんて」

「たぶらかしたんだよ。何もわかってない純情な新ちゃんに、色々えっちなこと仕掛けたりしたしね。童貞の新ちゃんがのめり込むこと想定して頑張ったもん」

おれも処女だったけど、色々勉強したんだよ、なんて吐息混じりに言われて、脳みそがフリーズした。慣れた様子で辻をリードしていたあのなまえが、処女? ちょっと待って欲しい。情報過多が過ぎる。自分以外の誰かと経験があるのかも、とモヤモヤしたあの時悩んだ自分は一体何だったのだろう。いややっぱり待って欲しい。あの? なまえが? 処女? あれで?
脳裏を過ぎるのは散々煽って誘導してくれてよがって縋りついて感じていたなまえで。え? あんなに色々してくれたのに、あれが初めて?

「おれとおんなのこじゃ、比べるまでもないもんね。おんなのこはふわふわ柔らかくて、可愛くて、おれなんかと全然違うし……やっぱり、新ちゃんは、おんなのこの方が」

「なまえさん、ちょっと黙って」

首の前で組まれたなまえの手を力任せに剥がすと、辻はそのまま振り向いた。泣きそうな顔のなまえがそこにいて、ああ、その顔は見たことがない。いや近いものは見たことがあった、気がする。例えば、ベッドの中で、とか。

「新ちゃ……んぅ」

ベッドに押し倒して、細身の体の上に乗り上げる。覆い被さるようにキスをして、舌を絡め合う。どれもこれも、なまえに仕込まれたものだ。なまえと触れ合ううちに覚えたものだ。
今の辻を形作る何もかもが、なまえと共に作り上げたものだ。

「え、ちょっと、なんで興奮してんの? そんな話してなかったよね?」

「してた」

「いや、してなかったって! ちょっと、おれ真剣な話してたはずなんだけど!?」

予想通りなまえは薄着だった。部屋の中であまり厚着したがらない人だから、辻が背をむけているうちに脱ぎ散らかしていたらしい。ベッドの下にはボトムやニットが落ちていて、なまえの体を包むのは、オーバーサイズのシャツと下着だけだ。こんな薄着で誘われていないと思う方が難しい。

「たぶらかした自覚があるなら、最後まで責任取ってもらわないと困る」

「……それはおれにとっちゃ大歓迎なんだけど、新ちゃんはそれでいいの?」

自信なさげにへにゃりと歪む眉毛ですら愛おしい。こんな感情を他のひとに抱けと言われても困る。なまえにしか感じたことがないのに。

「いいに決まってるでしょ。女のひとはその……かわいいとか思う前に、怖いが先にきてしまうから、それをどうにかしたかっただけだし……ドキドキするけど、それはなまえさんに対してドキドキするのとは全然違うっていうか」

「新ちゃんの過去に何があったかめちゃくちゃ気になるんだけど、聞かない方がいい?」

「…………うん」

「てか、ドキドキしてくれるの? おれに?」

「うん。ずっとしてる。今もだよ」

ほら、となまえの手を自分の心臓あたりに触れさせてみれば、ほんとだ、となまえが呟いて微笑む。その笑顔がいつもより幼くて、ずっと大人に見えていたなまえだってまだ大人になりきれていないのだと知る。三歳差は、思ったよりも大きな差ではないのかもしれない。

「なまえさん、好きだよ」

心臓に当てていた手をとり、指先に口付ければ、なまえは今まで通り見たことがないくらいに赤面していた。かわいい。辻は今更、自分の行動一つでこんなにもなまえを動揺させることができるのだと知った。

「なっ……」

「なまえさん、真っ赤。かわいい」

「うるっさい! 初めて言ったくせに!」

「初めてじゃないけど……ああ、いつもベッドで言ってるから覚えてなかった?」

「はあー!? なに!? なんか覚醒した!? 勘弁してよね!」

「覚醒させたのはなまえさん」

「させてない……あっ、ばか」

二人で仲良くベッドに沈む。いつもよりずっと盛り上がったのは、きちんと想いを伝え合えたからか、なまえの妙なわだかまりが無くなったからか。どちらでもいい、かっこよくて頼もしくて綺麗でかわいい自慢の年上の恋人が、こうして純粋に不埒に辻だけを想ってくれているという、その事実があればそれで。



「おんなのこに慣れたいんだったら、練習におれが女装してあげよっか?」

ことを終えてシャワーを浴びてさっぱりしたあと、不意に告げられた一言に辻の体は一時停止した。パンイチのなまえがベッドの上で寝転び、肘をついて辻を見上げている。危うい格好で危ういことを言わないで欲しい。どうしてこのひとはこんなに無防備なんだ。外に出れば鉄壁の完全防御で、肌なんかチラリとも見せないくせに。そういうところがとてもずるい。多分無意識だからこそ、余計に。

「……………やめとき、ます」

「結構長考したねえ。変な性癖に目覚めそうだから?」

わかっているなら言わないで欲しい。こうして辻の心を何でもお見通しのくせに、どうしてああも自信がないのだろう。こんなにも辻はなまえのことを好いているのに。
じっとなまえを見つめると、ニヤニヤと悪そうな顔で笑っている。多分、何日かしたら女性ものの服とか下着とかで挑発してくるのだろう。辻だって、なまえの行動パターンをある程度は把握している。

「俺、なまえさんだったら割と何でも興奮するよ」

太ももをするりと撫でてやると、なまえは途端に顔を赤く染める。やることはやっているのに、どうしてこうも初心なのか。こんなに攻められることに弱くで大丈夫なのか、とてつもなく心配だ。

「新ちゃん、何……? いきなり変わりすぎじゃない?」

枕に顔を埋め、唸るなまえを見下ろしながら、辻は決意を胸に抱く。この可愛いひとを、守らねばなるまい。特に無自覚に特別扱いしている二宮とかなんかその辺りから。

「なまえさんの愛情にあぐらかいてたら駄目なんだなって自覚しただけだよ。なんか勝手に勘違いしてどっか行きそう」

「そ……んなことは、ない、はず」

「言い切れないんだったら、やっぱり俺がちゃんとしないと」

だってもう、手放せと言われても無理だ。

まだ乾ききっていない栗色の猫っ毛に指先を絡ませながら、辻は結局女性が苦手だという問題は当分解決しそうにないな、とぼんやり思った。
なまえの不安にさせることと比べると、そんな問題はあまりにも些事だったので。



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