部誌18 | ナノ


秘密の押し付け



小学校に上がったばっかりぐらいの頃、授業中にトイレに行きたいっていう勇気がなくて、漏らしてしまったことがある。
その時のオレにとっての幸いは、授業中に漏らさなかったこと。オレにとっての不幸は、トイレに駆け込んだが間に合わず、ズボンを濡らした姿を見られてしまったこと。

キーンコーンカーン。
授業が始まるチャイムの音が鳴って、混乱して言葉が出るより涙が出てしまったオレは、どうしようどうしようって、そればっかり考えていた。

「い、いずみ、くん……」

「みょうじ? ……おれ、ほけんしつの先生よんでくる!」

そこにいてろよな!
そう声をかけて走り去る背中はかっこよくて、本当に、救世主みたいに思えたんだ。

保健室の先生と一緒に着替えて、体調不良ってことで帰ることになったオレに、在りし日の出水公平くんはそっと囁いた。

「おれもさ、こわい夢見てもらしたことある。そのあとひとりでねれなくて、ねえちゃんといっしょにねた」

「え……」

「おれもおまえのことヒミツにするから、おまえもオレのヒミツ言わずにいてくれよな」

いやかっこよすぎん? まだ小学生だぞこれで。
こんなことされてしまって、オレが憧れてしまうのも仕方なくないか?
その頃から、出水公平ってやつはスマートでかっこよかったんだ。


「よーなまえ! 久しぶり!」

「出水じゃん」

バイト先に現れたのは小学生時代からのツレの出水だった。中学入ったあたりから交友関係にズレが生じて、あんまり一緒にいなくなったけど、ダチはダチのままだ。
出水はどっちかっつーと根アカのパリピグループにいて、オレは隠キャほどじゃないけどそこそこ落ち着いた理系男子グループにいる。理系男子グループってか、大学推薦狙い組みっつうか。ガリ勉っちゃーガリ勉なのかもしれん。オレはそこまで勉強真面目にしてねえけど、ほどほどに馴れ合う感じが心地よくて一緒にいさせてもらってる。

「本屋に来るなんて珍しいな。出水、本読まねえじゃん」

「あー、漫画の発売日だから今日」

「なるほど」

まあ漫画くらいは読むか。なんの本だろ。
ちなみにオレは読書家だ。多分。活字中毒のが合ってるかも。文字があったら読みたいひとなので、本屋のバイトは社割とかあってありがたい。電子書籍もいいけど、やっぱ好きな本は紙で欲しいしな。最近はネット小説もあって活字中毒的には助かってるけど、けどやっぱ紙の本って特別だし。

「何の漫画? 探してやろっか?」

「や、流行ってるから大丈夫っしょ。サンキュな。仕事頑張れよ。そんで今度なんか奢ってくれ」

「バーカ、普段からオレより羽振りがいいくせにケチくさいこと言ってんなよ」

「よくねーしケチじゃねーしバカって言った方がバーカ」

「ガキの喧嘩か? うける」

離れていてもこれくらいの軽口は当たり前で、出水のツレがちょっとびっくりしてるのが分かってちょっと面白い。まあそうだよな。普段接点ないし、会話もあんましないもんな。喋るとしたら大抵どっちかの家だったりするけど、今日はどうしたんだか。

「なまえ、そういやおれに言ってないことねえ?」

「ん? ないけど」

脳天から何か冷たいものが駆け抜けたような錯覚を覚えた。ひやりとしたのがバレないように、努めて普段通りに返す。
ってーか。言ってないことならお前にだってあんだろうがよ。

ボーダーに入ってることを、出水は頑なにオレに言わない。なのでオレはそれを知ってることを出水には言わない。
オレのあの失態以降、マブダチになったオレたちに秘密なんてなかったけど、今となっては秘密だらけだ。それが出水には納得できないらしい。
けどまあ、仕方ねえよな。今は所属してるグループさえ違うし。人の秘密は決して人に話さないと心に誓ったオレなので、出水に言えない秘密はたくさんあるとも。多分、出水が言いたいのはそういうことじゃないんだろうけど。

出水が好きだった。こんなかっこいいやつ、好きにならない方が嘘だ。だけどオレは、伝えるつもりなんかなくて。

「……カノジョ、できたんだって?」

「うん。あれ、言ってなかった?」

「聞いてねえ」

なんでそんな不機嫌なの。どういう理由で怒ってんの?
変に期待、させないで欲しいんだけど。

出水に言ってない特大の秘密、あるよ。
それは生涯、お前にだけは言えない秘密だ。



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