お見通しのこころ
──あ、こいつ俺のことが好きなんだな。
そう思ったのは自意識過剰ではなかったと思う。
ケイトが「トレイ君ってなまえのこと好きだよね」って茶化してるのを聞いたことがあるし、エースも「トレイ先輩も贔屓ってするんスね」って言っていたのを知っている。トレイは二人の言葉に笑っていたけれど否定はしなかった。
ハーツラビュルの皆から慕われている男から好かれていると知って、気を悪くするやつはいないと思う。嫌われているより好きだと言われる方が嬉しいし、それが人気者だったら尚更だ。
NRCは男子校だし、「どうせ好かれるなら女の子がいいけどな!わはは!」なんて、ちょっとした照れも混じって誤魔化したけれど、その直後にトレイから手渡されたキッシュがケイト用の激辛味だったことから俺は本当にトレイに好かれてるんだろうかとちょっと疑った。だって、俺の舌は自分で言うのもなんだがお子ちゃまなんだ。
トレイにきちんと謝られたけど、辛すぎて普通に泣いた。
その時はトレイの『友人枠』として好かれているのだと思ったけれど、どうやらそうではないらしいと気付いたのはリリアに頬キスされたのをトレイに見られてからだ。
リリアが欲しがっていた音楽プレイヤーを誕生日にプレゼントしたら凄く喜ばれてお礼にキスをされたというのが事の経緯だが、それを見ていたトレイの機嫌が暫く悪くて言葉の端々に棘があったことを思い出す。俺もリリアも男同士だし、百歩譲っても微笑ましい位で済むはずのスキンシップだったのにそれほど不機嫌になる理由がわからない。男同士だからこそ気持ち悪いと思われても、そんな様子を見せるのはトレイらしくない。
まさか嫉妬か?なんて思ったのは一瞬のことだったが、リリアはニヤニヤしているしトレイは相変わらず不機嫌だ。そういえばトレイは俺のことが好きだったよな、と頭によぎったが、軽く頭を振ってその考えは追い出した。だって、トレイが俺のことが好きなのは『友人』として、なんだから。けれども、『友人』に対して今のトレイの態度はおかしくないか?
──こいつ、俺のことが好きなのか?
確証が持てなくて、何かしら証拠が掴みたくてさりげなくスキンシップを多めにしたり、トレイを頼る回数を増やしてみたけれど、そもそもトレイは普段困ったように笑うことは多いものの好きな人(この場合は俺か?)に対する態度ってやつを俺は見抜くことが出来なかった。
いつものようになんでもない日のパーティが開催され、トレイが忙しなくケーキを焼いている。
仕上げを手伝うことが多いなまえはぼんやりとしながらいつもと同じようにトレイの背中を眺めていると、トレイがなまえの方へと振り返りスプーンに乗ったカスタードを差し出した。
「ほらなまえ、これを楽しみにしていたんだろう?」
つまみ食い、もとい味見と称してトレイが出来たばかりのカスタードを口に入れてくれた。
甘くて、舌触りの良いクリームが溶けていく。
寮生よりも一足先に食する味見がなまえはとても好きで、それを知ったトレイがケーキを作る際には必ず分けてくれていた。
「(あ、今がチャンスじゃん)」
両手が塞がっているトレイの服を掴んでちゅ、と頬にキスをする。
さぁ、どうだ!とばかりにトレイをみると張り付けたような笑みを浮かべていた。
「俺がなまえのことを好きだと知ってて俺で遊んでいたことを、俺が気付かないとでも思ったのか?」
あ、これ知ってる。めちゃくちゃ怒っているやつだ。
冷や汗が流れるのを感じながら後ずさるものの狭い厨房ではすぐに行き止まりとなり、目の前はトレイで後ろは壁という逃げ場のない空間が出来ている。
「あ、遊んでたわけじゃ……」
「気持ちを知りながら逃げなかった時点で、手遅れだよ」
俺が仕掛けたキスがおままごとだと教えるようなキスをされ、俺はちょっと泣いた。
甘い匂いも、好きだったカスタードの味もトレイとのキスを思い出してしまい、俺は恥ずかしさからその日は泣きながらケイト用の激辛キッシュを口に放り込み、あまりの辛さにさらに泣いた。
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