部誌18 | ナノ


はじまりは君が決めて



いつだっておれに選択権なんてなかった。
全部全部、お前次第だ。



「監督生が、好きなんだ」

人のいない教室で、二人っきり。細やかな夕日の差し込むマジックアワー。まるでドラマみたいな展開。
告白されてるのが、おれだったら。なんてロマンチックだっただろう。
だけど現実はドラマなんかじゃない。でもおれの立場は、ドラマみたいかも。

異世界からの訪問者らしい監督生が好きなエース・トラッポラを、おれは好いている。
なんて不毛なんだろう。なんて愚かで、滑稽なんだろう。好きなひとの好きなひとを、知ってしまった。まあないだろうなと思ってたけど、やっぱりエースはおれのことなんか見ちゃいなかった。

目元のスートの色と混ざっちゃうくらい真っ赤な顔してさ。照れてるお前なんか久しぶりに見た。男同士で馬鹿やってるのが好きそうだったのにな。だから告白しても意味ないと思ってた。彼女いたことがあるとも言ってたし、告白するならもうちょっと仲良くなって、意識してもらってから、とかさ。考えてたんだよこれでも。アホくさ。間抜けの極み。好きなひとの視線の先に誰がいるかぐらい、わかんだろうよおれ。

いや、違うな。わかってたけど、気づかないふりをしてたんだろうな。気づきたくなかったから。気づかないままなら、まだ片想いでいられた。幸せな気持ちのままでいられた。現実を認めたくなくて見ないふりしてたらこのザマ。馬鹿馬鹿しい。

「へえ……うまく隠してたじゃん。わかんなかった」

「そらうまく隠してたもんよ。横から掻っ攫われたらたまったもんじゃねえし」

「そういうもんかねえ。アピールしとかないとそれこそ横から掻っ攫われそうだけど」

「オレの気持ちに気づいたら、フロイド先輩とか絶対ちょっかいかけてくるに決まってる」

「あー……否めねえな」

「だろ!?」

そういうお前はどうなんだろな。おれの気持ちに、気づいてるんだろうか。だからそんなことを告白してきたんだろうか。オレには好きなひとがいるから、オレを好きになっても無駄だ、って? 教えてくれてるつもりなんだろうか。だとしたらほんと、NRCに相応しい男だよお前は。

「告白は? しねえの?」

声が、震えてないといい。普段通りにできてればいい。動揺が、隠し切れていますように。

「……どうだろ。わかんねえ」

赤かった頬が熱を失っていく。照れていたはずのエースは、すっと顔色を変えて沈んだ目をした。

「もしかしたら監督生、元の世界への帰り方が見つかるかもしれねえじゃん。その時、邪魔になりたくねえから、告白とか付き合うとかはないかも」

元の世界に戻る時、躊躇うことなどないように。その足枷になりたくないのだと、エースは言う。
お優しいこって。好きな子にはとびきり優しくなれるんだな。新しい好きなとこ、見つけた。同じくらい、嫌いだけど。

「──ばっかじゃねえの。NRC生ならNRC生らしく、元の世界から奪い取ってやるくらいの気概見せろよ。その上で幸せにしてやったらいいじゃん」

おれも、馬鹿だ。
背中押すようなこと言ってて、ほんと馬鹿。優しい友人の役が板につきすぎてる。多分エースが欲しがってる言葉を、言ったはずだ。言ってしまった、はずだ。

「そうか?」

「そうだよ」

「そっか。サンキューな」

お前に相談してよかったと、笑うその笑顔に泣きたくなった。頑張れよと背中を叩いて、駆け出して監督生の元へと走るエースの背中を見つめる、間抜けなおれ。

好きだよ、好きだ。好きだった。
お前がおれのことを好きじゃなくても、おれは、お前が、好きだった。
スタートラインにも立てやしなかったけど、それでも。

涙が溢れた。
机に突っ伏して、声を押し殺して泣いた。
はじまることなく終わった恋だった。



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