はじまりは君が決めて
いつだっておれに選択権なんてなかった。
全部全部、お前次第だ。
「監督生が、好きなんだ」
人のいない教室で、二人っきり。細やかな夕日の差し込むマジックアワー。まるでドラマみたいな展開。
告白されてるのが、おれだったら。なんてロマンチックだっただろう。
だけど現実はドラマなんかじゃない。でもおれの立場は、ドラマみたいかも。
異世界からの訪問者らしい監督生が好きなエース・トラッポラを、おれは好いている。
なんて不毛なんだろう。なんて愚かで、滑稽なんだろう。好きなひとの好きなひとを、知ってしまった。まあないだろうなと思ってたけど、やっぱりエースはおれのことなんか見ちゃいなかった。
目元のスートの色と混ざっちゃうくらい真っ赤な顔してさ。照れてるお前なんか久しぶりに見た。男同士で馬鹿やってるのが好きそうだったのにな。だから告白しても意味ないと思ってた。彼女いたことがあるとも言ってたし、告白するならもうちょっと仲良くなって、意識してもらってから、とかさ。考えてたんだよこれでも。アホくさ。間抜けの極み。好きなひとの視線の先に誰がいるかぐらい、わかんだろうよおれ。
いや、違うな。わかってたけど、気づかないふりをしてたんだろうな。気づきたくなかったから。気づかないままなら、まだ片想いでいられた。幸せな気持ちのままでいられた。現実を認めたくなくて見ないふりしてたらこのザマ。馬鹿馬鹿しい。
「へえ……うまく隠してたじゃん。わかんなかった」
「そらうまく隠してたもんよ。横から掻っ攫われたらたまったもんじゃねえし」
「そういうもんかねえ。アピールしとかないとそれこそ横から掻っ攫われそうだけど」
「オレの気持ちに気づいたら、フロイド先輩とか絶対ちょっかいかけてくるに決まってる」
「あー……否めねえな」
「だろ!?」
そういうお前はどうなんだろな。おれの気持ちに、気づいてるんだろうか。だからそんなことを告白してきたんだろうか。オレには好きなひとがいるから、オレを好きになっても無駄だ、って? 教えてくれてるつもりなんだろうか。だとしたらほんと、NRCに相応しい男だよお前は。
「告白は? しねえの?」
声が、震えてないといい。普段通りにできてればいい。動揺が、隠し切れていますように。
「……どうだろ。わかんねえ」
赤かった頬が熱を失っていく。照れていたはずのエースは、すっと顔色を変えて沈んだ目をした。
「もしかしたら監督生、元の世界への帰り方が見つかるかもしれねえじゃん。その時、邪魔になりたくねえから、告白とか付き合うとかはないかも」
元の世界に戻る時、躊躇うことなどないように。その足枷になりたくないのだと、エースは言う。
お優しいこって。好きな子にはとびきり優しくなれるんだな。新しい好きなとこ、見つけた。同じくらい、嫌いだけど。
「──ばっかじゃねえの。NRC生ならNRC生らしく、元の世界から奪い取ってやるくらいの気概見せろよ。その上で幸せにしてやったらいいじゃん」
おれも、馬鹿だ。
背中押すようなこと言ってて、ほんと馬鹿。優しい友人の役が板につきすぎてる。多分エースが欲しがってる言葉を、言ったはずだ。言ってしまった、はずだ。
「そうか?」
「そうだよ」
「そっか。サンキューな」
お前に相談してよかったと、笑うその笑顔に泣きたくなった。頑張れよと背中を叩いて、駆け出して監督生の元へと走るエースの背中を見つめる、間抜けなおれ。
好きだよ、好きだ。好きだった。
お前がおれのことを好きじゃなくても、おれは、お前が、好きだった。
スタートラインにも立てやしなかったけど、それでも。
涙が溢れた。
机に突っ伏して、声を押し殺して泣いた。
はじまることなく終わった恋だった。
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