部誌18 | ナノ


手段を選ばない



「ちょっとカーテン閉めてみて」
軽い調子で飛ばした指示に、ソファーに寝そべった男が不満げな声をあげた。
「その確認要る?」
「いざ観始めてプロジェクターの写りが悪けりゃ興醒めだろう?」
封を切ったばかりの真新しい機械の配線をいじりながら、なまえは鼻歌を歌う。大事な計画の一端を担う大事な虎の子だ。万が一にでも落としたりしてはいけない。念の為、予備の計画は用意してあるが、なまえの試算ではこれが一番いい。
「それはそうだけど。っと、どう?」
いやいやながらにも起き上がった男は、手早くカーテンを引く。完全な遮光ではないカーテンでは室内は真っ暗にはならないが、そこそこ暗くなる。プロジェクターの電源を入れると、真っ白な壁にスタート画面が投影された。
「お、いいじゃん。これ、暗くなくてもかなりキレイなんじゃない? いくらしたの?」
男は引いたばかりのカーテンを開く。まばゆい陽光が室内を照らすが、投影された画像の彩度に変化はない。明るい場でのプレゼンテーションに利用する業務用の一品だから、当然の性能だし、それなりの値段はする。値段については「秘密」と応えながらなまえは彼、犬飼にもう一度カーテンを閉めるように言った。
「部屋の明るさを調節するから」
手元にあるリモコンで間接照明をいじれば、犬飼は口元を歪めて、ハイハイとカーテンを閉めた。
「俺ならこんな部屋に連れ込まれたら、即逃げるね」
「そのためにお前に呼ばせたんだろ」
「そうでした」
共犯者は首をすくめて、クスクス笑う。
「なまえが髪を切るなんて思いもしなかったな」
プロジェクターのメーカーを確認し、手持ちのスマホで検索した犬飼がその値段に更に笑いながら呟いた。その前の「今度これでゲームさせて」という言葉は無視してある。
「似合うだろう」
「まだ慣れない。その伊達メガネも」
可笑しそうに笑う犬飼に、言ってろ、と言いながら自分の頭に手をやった。なまえはずっと髪を伸ばしていた。深い理由はなかったが、女顔と言われるなまえにはそのほうが似合っていたし、その女っぽい顔を生かして、派手な交友関係で遊んでいた。
半年ほど前からなまえはその派手な交友関係と一緒に長い髪をバッサリと切って、刈り上げて、女顔を精一杯男らしく見せるメガネを買った。すべて、この犬飼の後輩と親しくなるためだ。
その人は、女性が苦手らしい。初対面で女顔のなまえに顔を真っ赤にして、一言も話さなかった彼に、なまえは恋をした。
彼が親しみを持ちやすくなるように、話しやすくなるように、髪型もファッションも、男性よりのユニセックスなものに一新して、身奇麗にした。
トントンと話ができるようになるまで、少し時間はかかったものの、なかなかの成果だったとなまえは満足している。
彼、辻新之助は笑うとかわいい。照れている姿もかわいいが、優しく接すると、コロリと懐くところも心配になるくらいにかわいい。
少しづつ、女っぽい顔のなまえに赤い顔をしながら慣れていくところもかわいい。
いくつかの交換条件で、仲を取り持った犬飼は、にやにやと笑うなまえに呆れたように「あ〜あ、」と言った。
「次会うときは辻ちゃんは非処女なわけか」
自身のチームメイトに対して、なんともな物言いだが、わかっておいて片棒を担いでいるわけだから、そこに思うところはない。
「いや、処女だよ。今日は童貞をやめてもらうだけ」
「えっ!?」
びょんと跳ね起きた犬飼は、マジ、と大きな声を上げた。
「なまえって、タチじゃん?」
「まぁ、ゆくゆくは?」
「あ〜、そういう」
驚きから、下世話なニヤニヤへと表情を変えた犬飼は、え、準備したの?となまえに下世話な話をぶつける。
「多少はね。彼にはいい思いをしてもらいたいし」
「じゃあかなり拡張したの?」
「いいや。ほら、挿れて血が出たほうが後々のためになるから。彼、素直だからまだ痛いって言えば色々触らせてくれそうだろ?」
「悪いヤツ。っていうか、辻ちゃん勃つのかな」
「お前がな。後輩の事情そこまで知りたいか?」
「今後の参考のために?」
「なるほど」
興味津々な犬飼に、なまえは「ほら」と言って用意しておいた瓶を取り出した。シンプルに滋養強壮のような言葉の並ぶ、シンプルなドリンク剤のような姿だが、中身は下半身を元気にするものが入っている。滋養強壮に効く成分も入っているので、間違いではない。
「え、これ」
「興奮剤、かな。結構効くよ」
大事な人に飲ませるものだから自分の身体で試したが、そこそこな効力を確認している。
「これ、出されて飲む?」
胡乱げに見つめる犬飼に、そのためのコレだから、とプロジェクターを示してみせた。
「このシリーズ、長いだろ?」
なまえが壁に映し出したのは、海外の長編ドラマシリーズだ。全編を通して見るなら、まるまる2日は余裕で消費する。
「こんないい感じの部屋で観れば当然眠気が来る、で、眠気覚ましにこれを勧める、と」
ベタだね、と犬飼が笑う。でも、この部屋に誘ったのが、信頼するチームメイトならば、話は別だ。
「辻ちゃんは飲むかもしれないけど、あの人は飲むかな、これ」
少し遠くを見つめるような顔をして、犬飼が手のひらの中で瓶を転がす。
「あいつは用心深いからな」
犬飼が好きになったのは、用心深くて気位の高い男だ。そして、なまえの身内。なまえと犬飼は、親しい人間を差し出し合う約束で手を結んだ。
良心は痛まない。そうでもしなければ、手に入らないから。なりふりかまっていられないから。
先に、欲しい物に指をかけるなまえは、まだ友人とも呼べない関係で足踏みをしている同盟者を少しだけ憐れむ。
「あいつのコーヒーに混ぜればいい。夜中にゲロ甘のコーヒーを飲むから。アレルギーで鼻水が出てるときが良いな。味もわからないまま、あっさり飲むだろ」
「弟がかわいくないの?」
「大事にしてくれるんだろ?」
「勿論」
これ、もらっても良い?と言う犬飼に、後で一箱渡す約束をして、時計を確認する。まだ、彼が来る時間までしばらくある。
犬飼は、しばらくしたら抜けて、二人きりになれる。
「そういや、聞こうと思ってたんだけど、君、うちの弟とどこで知り合ったの? あいつ、滅多に外に出ないだろ」
いつの間にか、なまえと弟の関係を洗い出して、交換条件を持ちかけてきた男に、聞いておきたかった問をする。今更?と犬飼は笑いながら、首をすくめた。
「本部で会った」
「へぇ? 強運だな」
「うん」
今はもう、弟が滅多に本部に来たりしないことをよく知っている犬飼が噛みしめるように頷いた。あの人見知りから名前を聞き出したことも、一応、弟ではあるものの、あまり知られては居ないなまえにたどりついたことも、かなりの執念や運がなければなし得なかったことだろう。おまけに、なまえが彼のチームメイトに気があるなんて、どんな偶然だろうか。
なまえや、犬飼にとっては、これ以上ない強運だが、彼らにとっては災難かもしれない。
まぁ、なまえは、彼に災難だとは思わせないけれど。
「余裕だね」
「まぁ、ね」
あくびを見咎められて、なまえは苦笑する。待ちに待ったチャンスではあるが、後がないわけではない。
たとえば、これで拒まれて。違法な手段しか残されなくなっても、なまえは手に入れるものを決めている。欲しいものを手に入れる強欲さは、共犯者にもまるで劣っていないと自負していた。
動機は、犬飼も、なまえも同じだろう。どうしても、ほしいと思ってしまったから。
手段は選んでいられない。



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