部誌18 | ナノ


手段を選ばない



出会ってたった2年、されど730日の積み重ねは侮れない。量より質という言葉もある。

第一印象はチョロそうだった。
獣人が殆どのサバナクロー寮に配属された人間。この学園では珍しいお人好し。誰彼構わず手を差し伸べる聖人君子とまではいかないが、それでも知り合いが困っていたら自分から声をかけてわざわざ厄介ごとに巻き込まれていくお馬鹿さん。その人の良さに付け込んで、眉を寄せて可哀想なオレを助けて、なんてか弱い雰囲気を出してみたらあっさり引っ掛かった。そんな感じで何度もお願いして面倒事を引き受けてもらって、いい加減向こうもパシられてる事に気付いてるだろうに笑って「いいよ」と頷くもんだから。時々牙が疼くような妙なむず痒さを感じるようになって、そのうちお願いの頻度が減っていった。代わりになんてことない世間話をしたり、一緒に飯を食う時間が増えた。

「パシリにされてるってわかってたッスよね?なんで断らなかったんスか?」
「ん…嫌じゃなかったから?」
「うわぁ損な性格…オレが言えた義理じゃないスけど、軽々しく引き受けるのやめた方がいいッスよ。正直者がバカを見るのがうちの学校なんスから」
「あはは、そうだね。善処する」

コイツの善処は信用ならない。それからオレは彼が雑用を押し付けられそうな場面に出くわしたら割り込んで適当な理由でその場から引き離すようになった。コイツが誰かに都合よく使われているのが気に食わない。にこにこと笑顔を振りまくのが気に入らない。目の届かない場所に行くと気が散って仕方がない。

「誰かの良いように使われている暇があるならオレの隣にいればいいのに」

掃除のついでに溜め込んだ愚痴も吐き出したら、いつも退屈そうな顔の部屋の主が面白い物を見つけたとばかりに尻尾を揺らしていた。人の恋路をエンタメにしないでほしい。鑑賞料を取りますよと釘を刺せば「払ってやろうか?」と高みの見物を決め込まれた。これだから王族は。貰えるもんは貰いますけど。

この気持ちが何かわからないほど初心な人生は歩んできていない。狙った獲物を捕り逃すほど呑気でもない。確実に仕留めてみせる。

そうして周りに目を光らせながら着々と距離を縮めてきた。教師にも雑用を頼まれるなまえに付き合ってあげたり、学校行事では同じ仕事を担当できるようにしたり。最近はお互いの部屋でゲームをしたり勉強会までするようになった。とにかくこれまで以上に一緒に過ごす時間を増やした。その甲斐あって今では彼の中でオレは友人の筆頭に位置していると自負している。
アイツはおそらく誰かと付き合った経験がない。いつか「付き合ってほしい」と言ってみたら「どこに行くの?」と返してきたくらいだ。あの時は思わず笑ってしまった。本当に同い年か?あまりにも色恋に疎い。思春期だよな?オレは訝しんだ。
お陰でアイツに好意を寄せる有象無象にも全く気付く気配がないのは助かったけど。あいつに知られる前に根こそぎ狩りつくしてやった。
邪魔者はいなくなったがこのままではいつまで経っても良い友人止まり。なんとか今年中にお付き合いするまでいきたい。鈍感なクラスメイトにもう少し積極的にアプローチを仕掛けみようかと思考を巡らせていた時、思わぬ伏兵が現れた。

「なまえ!お前、なまえだよな!?オレの事わかるか?隣に住んでたユウだよ!」

感動の再会。ドラマみたいな光景だった。
魔力なしの異邦人が、泣きそうな顔で駆け寄ってアイツを抱きしめる。久しぶり、と笑い返すなまえ。顔見知り、ということは、監督生と同じ異世界人だということで。いつかこの世界からいなくなるかもしれない。

はあ?何だそれ。ふざけんな。
噛み締めた奥歯がギリリと軋んだ。
もう少しで牙が届きそうな獲物を目の前で横取りされた気分。すっげえムカつく。

「だって、子供の頃に迷子になって、帰り道が分からなくて泣いていたのを親切な夫婦に拾われたとか。言っても信じないでしょ?」
「まあ、さっきのアレを見る前なら聞き流してたッスね」
「御伽噺みたいだもんね」

他人事みたいに笑うな。そうやって全部ここで過ごした時間も作り話だったことにしてアイツと笑顔で帰るのか。不思議な世界に迷い込んだって思い出にするつもりか。今更逃すわけないだろ。喉笛に喰らい付いてやろうか。

「もし帰る方法がわかったら、どうするんスか?」

口にしたくもない話題だが、今後の計画のために確認しなくては。いつものラギー・ブッチのように、頭の後ろで手を組んで軽い調子で問いかける。

「それなんだけど、正直悩んでるんだよねえ」

想定外だった。絶対に「帰りたい」と言うものだと思っていたから。

「帰りたくないんすか?親や友達もいるんでしょ?」

見知らぬ世界への苛立ちも、自分の知らないなまえを知っている監督生への嫉妬もない、ただ純粋な疑問だった。
家族に10年以上会えてないのなら、恋しいと思うものじゃないのか。

「帰りたい気持ちもあるよ。でももうこの世界にいる時間の方がずっと長いんだ。あっちの両親には悪いけど、今2人に会っても懐かしさよりぎこちなさがあると思う。顔も声もほとんど覚えてないし」
「…ふぅん、そういうもんスか。なら、こっちに居ればいいんじゃないスかね」
「向こうに行ったら心変わりするかもしれないけどな」
「行かなきゃいいんスよ」

心底困った顔で、小さく笑うなまえに、普段通りの相槌を打って、心の中でガッツポーズした。なぁんだ。だったら帰さなければいいだけじゃないか。急降下していた機嫌がようやく上向きになったところで邪魔が入った。オンボロ寮の監督生、幼馴染を自称する異世界人はなまえを元の世界とやらに連れていきたいらしい。

「おじさんもおばさんもずっとお前を探してる。心配してるんだ。せめて一度顔を見せて安心させてやってくれ。その後どうするかは、また考えればいいだろ」
「……そう、だな。何年も気に病ませてるのは申し訳ないし…」

頼む、お願いだと、両手を握って諭す監督生に優しいお人好しの瞳が揺れた。あーあ、またそうやって面倒事に首を突っ込もうとして。しかも今回は超のつく厄介事だ。一度だけでいい、なんて耳障りのいいことを言って。こちらに返すつもりもないくせに。監督生くんの考えは手に取るようにわかる。あの子もオレと同じだからだ。しかも向こうは一度逃した獲物にリベンジしたがっている、心に傷を負った手負いの獣だ。今度こそはと必死な気持ちが滲み出ている。でも、ダメッスよ。これだけは譲らないッス。

「そんな簡単に決めちゃっていいんスか?こっちにもお世話になってる人がいるんでしょ?戻ってこれるならまだしも、まだ帰る方法もわからないのに今すぐ決めることもないんじゃないスかね」

頭を悩ませるなまえの肩に手を置いて悪魔のように囁いた。天秤はこちらに傾いているのに余計な重しを乗せないでほしい。コイツは渡さない。そんな意味を込めて監督生を見れば、キッと視線を鋭く見つめ返してきた。魔力を持たないながら寮長のオーバーブロットにも臆せず立ち向かった勇敢な男は、流石に肝が据わっている。

「失礼ですけど、ラギー先輩には関係ないですよね」
「君は知らないかもしれないけど、オレ達って結構仲いいんスよ。ダチが悩んでたら助けるのが友情でしょ?」
「俺だってなまえの」
「最近やってきた、ぽっと出の幼馴染?シシシッ!今更遅いんじゃないんスかねぇ。なまえは、もうこの世界の住人ッスよ」

まるで特権のように紡ごうとする言葉に皮肉を被せてやれば、いよいよ剣呑な空気になる。殴り合いになればこっちのもんだ。獣人がただの人間に負けるはずがない。あちらから手を出して来たら大人たちに言い訳もできる。さあさ、一発だけならもらってやるからその拳を振り上げてみろ。オレからコイツを奪おうとする奴は骨ごと噛み砕いてやる。



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