部誌18 | ナノ


きみにおはようを言わせて



目が覚めたとき、隣にある呼吸の音がひどく愛おしかった。

このところ明け方はよく冷える。秋という季節をすっ飛ばしてやってきた、ほとんど冬と言って差し支えのない肌寒さだ。ほんのりと明るくなった空の色でおおよその時間を掴んだ。おそらく、二度寝はしないほうが良いだろう。
身体に残る気怠さは思っていたほどひどくない。けれども、眠気はたしかにあって、目を閉じてしまうと寝過ごしてしまいそうだ。
顕彦は基礎体温が高い方で、多少の寒さは堪えないが、隣で眠る彼はそうではない。折角、今ある仕事を片付けて、身軽になった様子なのにここで風邪を引かれては、少し、困ってしまう。
籍を入れたり、一緒に住んだりはしないものの、一応、恋人という間柄だから。たまには二人で旅行だってしてみたい、と、自分らしくないことは承知の上で旅行雑誌を買ってみたり、貯金をしたり、彼の仕事が落ち着くことを待っていたのだから。
まだ、行き先の相談も予約も何もしていないけれど、日帰りの旅行なら、気軽に組めるだろう、と楽しみにしていた。
この季節ならカニを食べに行くのも有りかもしれない。
そんなことを考えながら、肩からずり落ちた布団を引き上げて、しっかり首まで被せた。無理をしたのか、かなり久しぶりだったというのに身体をつなげるのがやっとで、顕彦の身体を確認するようにしてから早々に寝落ちてしまった昨夜のことを思い出す。
どちらかといえば、顕彦としては消化不良ではあったけれども。疲れているにもかかわらず、会いに来てくれたということが今更ながらにひどくうれしかった。
彼にもう少し体力があれば、今日は店を休むしかなかったかもしれないから、それも、良かったのかもしれない。
寝息をたてる恋人の横顔を眺めながら、そろそろ、朝食の準備をはじめたほうがいい、と考える。濃いめのコーヒーをいれて飲めば目は覚めるだろう。
疲れているようだから、起こさないほうが良いことはわかっている。この調子だと、昼過ぎまでは寝ているだろうから、その頃に彼が好きなものを作ろう。
でも、でも、もしも。伏せられた長い睫毛が動いて、目が覚めたら。
そのときは「おはよう」と言いたい。だから、起きないだろうか、と未練がましく寝顔を眺めてしまう。これほど、誰かを好きになるなんて、思わなかった。
あと、5分。
横顔を眺めてから起きよう、と心に決めた。



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