部誌17 | ナノ


君待つ朝



いつだって現実は残酷だ。
夢みたいな現状が現実だなんて、誰が思う?
寝ても覚めても、現状は変わらなかった。
悲劇のヒーローぶって引き篭もって嘆くだけ嘆いた。
とうとう涙も枯れてしまった。

なら、次はどうする?


扉を開けるとごう、と風が吹いた。
艇内だというのにこんな風が吹くなんて、換気がいい証拠か、はたまた何か別の理由か。
ファンタジーな世界のことなんて、なまえにはわからない。エンジンを積んでいるわけでもないのに、空気抵抗も感じさせず空を飛ぶ船のことなんてわかりようがないのだ。

「つーか俺、軟禁されてたんじゃないのかよ」

扉の前に誰かがいる気配がなかったから何となく悟ってはいたが、やはり廊下は無人だった。無用心にも程がある。それともなまえが何をしようとこの艇に影響はないとでも思っているのだろうか。その判断はとても正しい。なまえはひ弱な文化系男子高生だった。

泣きながら話半分で聞いていたので定かではないが、グランは若いとはいえ、この巨大な艇の船長らしい。大人も子供もたくさん乗っているこの艇で、自分と同い年くらいの少年が船長をやっているなんて世も末というべきか、ファンタジーってすごいというべきか。
なまえの知るグランという少年は、なまえと変わらないような年頃の少年だった。出会いが出会いだったし、なまえ自身一般的な男子高生とは少しずれていたので断言は出来かねるが、それでもこの年頃からしたら普通と呼べる少年のように思っていた。

なまえが知らないだけで、実はグランは王侯貴族の一人だったりするのかも。それなら他の船員たちがグランを船長と仰ぐ理由もわかる気がする。いや〜それにしても庶民的な貴族だな。貴族のことよく知らねえけど。謎は深まるばかりだ。

シーツを頭から被った状態で、なまえは一歩、部屋から踏み出した。窓から見えた外の景色は夜の色をしていて、見覚えのない星を映していた。今のなまえの置かれた状況がどんなものであっても、変わらず星はそこにある。そんな当たり前のことにようやく気づき、気づいたからには、星が見たくなったのだ。窓から見える星空だけでは足りない。いつもの習慣を、今更になって思い出した。思い出したからには、行動に移すしかない。だってそれが、なまえのアイデンティティーを形成する一部だから。

夜だからか、廊下は静かだった。ひんやりとした木の床を裸足で歩く。パジャマでこっちにきてしまったせいで、なまえには靴がない。そういえば風呂にも入っていない気がする。汚い。シャワーを浴びたくなってしまったが、それよりなまえは、星が見たい。

このグランサイファーは、なまえにとって未知の空間だ。この世界に来たばかりの頃は混乱したし、自分という存在のせいで、グランの仲間たちは何やら議論していた。危険じゃないと判断されるまでは、と放り込まれた今の部屋に引きこもって、何日が経過したのだろうか。とどのつまり今艇内のどこにいるのかも分からず、外がどこかもわからない。
不審人物扱いだからか、なまえのいた部屋は船員の居住空間から離れている、気がする。多分。まあ当然だ。その方がありがたい。星は見たいが、誰かに会いたい訳でもなければ、揉めたい訳でもなかった。
誰かが監視している状態でもないのに部屋の外に出るのは悪手だとなまえも気づいている。それでも、今でないといけないのだと、思った。

迷子になりそうだな、と思いながら、足を進める。何となく、呼ばれていると感じた。背中を風に押されているような心地でもあった。分岐点があるたびに迷いながら、それでも何とか、甲板に出る。

「う、わ……」

ぶわりと風が頬を打つ。視界いっぱいに広がる星空に、なまえは感嘆の声を上げた。
夢で見ていたのとは違う。あの時は明晰夢だと思っていたから、どこか現実味がなくて、色彩もどこか色あせているように感じた。
けれど、今はどうだ。五感で感じるその空は、あまりにも美しく幻想的で、それでいて現実だった。

「綺麗だ……」

こぼれた涙は、哀惜のそれではなかった。
自分を哀れむ以外の涙を流したのは久しぶりだ。こんな状況でも腹は減るし、トイレには行きたくなるし、美しいものを美しいと思える。何だかそれで、十分な気がした。
だってそうだろう。なまえは今、星空の真ん中いるのだ。甲板から腕を伸ばせば星が掴めそうだ。

視界の奥で太陽が顔を出そうとしている。
朝が来る。
新世界の朝はきっと美しく、残酷で、恐ろしいもので溢れている。
それでも今この視界の美しい星天があれば、生きていけると、なまえは思った。

生きていくしかないのだと、知っていた。



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