部誌17 | ナノ


愛ならば仕方ない



いつでも無茶をする奴だった。
まるで生き急いでいるかのような、そんな危なっかしさを持っていた。
頭で考えるより先に体が動いてしまうような馬鹿だから、こんなことになるのだ。

「ぱー」

「誰がパーだ、誰が」

よくわからん星晶獣の力のせいで、かつての部下で今の仲間は、幼い子供になってしまった。



「わー! かわいい! この子がなまえさんですか?」

足に抱きついたままの子供をそのままにグランサイファーを闊歩しているパーシヴァルの背後から聞き慣れた声がかかる。振り返るとそこには、案の定ルリアとグランがいた。

「そうだ。……団長。報告が遅くなってすまないな」

「いや、一緒にいった人たちに大変だったって聞いてるから大丈夫」

苦笑する少年には、出会った頃にはなかった余裕や風格といったものが備わっていた。思えば今日までたくさんのことがあった。命をかけたことも、世界がかかっていたこともあった。だから今起きている現状などは些末な問題だ。多分。きっと。そうだと思いたいし、思ってないとやってられない。

「星晶獣のせいでそうなったって?」

「そうとしか考えられんだろう。こんな常軌を逸した現象、そうあってはたまらん」

ルリアが膝をついて足元の子供に話しかけているのを見下ろしながら、パーシヴァルは重い溜息を吐いた。今日だけで何度溜息を吐いたかわからない。溜息を吐くと幸せが逃げていく、と言う言葉が真実なら、もう一生分の幸福が逃げたに違いない。

不意に視線を感じ、見下ろすとなまえがじっとパーシヴァルを見上げていた。その頭を籠手のついた指の背で撫でてやると、満足そうに目を細める。猫のようなその仕草に、パーシヴァルはなんとも言えない心地になる。

無言でパーシヴァルの足にしがみ付いて離れない子供の名前は、なまえ。
フェードラッヘで黒竜騎士団にいた頃の直属の部下だった男だ。黒竜騎士団解散後、誰にも言わずふらりとどこかに行ったと思ったら、グランたちの騎空団に所属していたのだ。いずれ建国の際には一の家臣にしてやろうと思っていたのに、知らないうちに自分の以外の人間の下についていたことに苛立ちを感じたことは、パーシヴァルだけの秘密である。
フェードラッヘ時代は末っ子ポジションで上司や先輩にうまく甘えたりミスを目こぼしてもらっていたくせに、この騎空団では頼れるお兄さんポジションだったこともイラつく。確かにグランもルリアも年下なので兄のような立場になるのも仕方ないのだが、パーシヴァルが縁あってなまえ同様この騎空団に身を置くようになってもその立場を崩さない。何ならかつてのような態度をパーシヴァルやジークフリートに取らないのだ。思春期だものな、とか何とかランスロットやヴェインが言っていたが、何のことか分からずパーシヴァルの苛立ちは増すばかりだ。

パーシヴァル様!
そう懐いてきた子供は、今では素っ気ない。こちらから構いに行っても逃げるばかりで、対面で話し合おうとしても無言を貫く。そのうち気を遣ったのかヴェインやランスロットが逃げ道を作ってやるようになり、同じ艇にいるのに疎遠になってしまった。それがどうにも歯痒くて、無理矢理同じ仕事を引き受けて邪魔されず話し合おうとした矢先にこれだ。
島の人間を困らせていたのは愉快犯型の星晶獣で、こちらを揶揄うだけ揶揄ってどこかに行ってしまった。去る時の口振りからもうこの島には戻ってこなさそうなので、仕事自体は全うしたと言えるだろうが、この現状はよろしくない。

子供になってしまったなまえは、この騎空団で再会してからのなまえより無口だった。初めて出会った頃は子犬のようだったのに、カメのようにむっつりと黙り込んでパーシヴァルの足にしがみついて微動だにしない。危ないから離れるように言っても決して退こうとせず、顔を上げることもしなかった。仕方なく抱き上げようとすると拒否されるのだから頭を抱えるしかない。
危うく蹴りそうになってしまったことも何度かあり、パーシヴァルは諦めた。せめて足の甲に尻をつけて抱きつくように指示すると、それは守るのだ。子供というものは不可解だ、と思いながら何とか帰還して今に至るのである。

今のなまえには、恐らく大人になってからの記憶はない。見知らぬ大人たちに囲まれて怖かったのだろう、というのが帯同していたマギサの談だ。しかしそれなら眉間に皺を寄せていたパーシヴァルよりいつものように穏やかに微笑んでいたマギサに懐きそうなものであるが、はてさて。

「ぱ」

「……だから、省略するんじゃない。今度は何だ、腹でも減ったか?」

「んん」

パーシヴァルは子供が苦手だ。ルリアくらいの年頃の子供はともかく、意思疎通の難しそうな幼子の相手はできるだけしたくない。なまえが泣き喚く類の子供だったら、まともに相手ができていたとは思わない。
グランサイファーに戻ってくる間に仕入れたチョコレートをなまえに差し出すと、なまえはわずかに頬を緩めて受け取った。パーシヴァルの足の間に腰を下ろすと、片方の腕で右足を抱え、もう片方の手でチョコレートを口にしている。

「懐いてるねえ」

にやついた表情でグランがなまえとパーシヴァルを交互に見やる。何となく言いたいことは察せたが、それに応えるつもりはなかった。

「戻るの?」

「依頼者が言うには、一両日中には元に戻るんだそうだ」

「なら安心だね。でも元に戻ったらなまえうるさそうだなあ」

「フン。どうだか」

どうせまた無言を貫いてどこかに逃げ出そうとするに決まっている。同じ無言なら、懐いている今の方がずっとマシだ。
そう思うのに、パーシヴァルはなまえが一刻でも早く戻ることを願ってもいた。

自分を避けている癖に、どうして庇ったりしたのか、その理由を訊かなければならない。
星晶獣がパーシヴァルに攻撃しようとした時に見せたあの焦りの表情も行動も何もかも。
そうすればきっと、再会してから避けられ続けたあの日々が報われるはずだからだ。

足もとの子供を抱き上げる。抵抗されたが、強めの力で抱きしめれば大人しくなった。
そのまま自室に連れ込んだとしても、誰も文句は言わないだろうし、言わせない。
何故なら二人の間には、愛があるに違いないからだ。



元の姿に戻ったなまえは全て覚えていたらしく、やましことは一切なかったと言うのに目が合うなり絶叫し、ジークフリートに殴り込まれて扉が大破したが、その後のことを思えば許容できた。
いや、やっぱり許さん。



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