部誌17 | ナノ


遣らずの雨


※火神くんが高二でLASTGAME軸


人間なんてもんは、いつだって「もしも」を考える生き物だ。
もしもこの先事故に遭ったら?
もしもこの先宝くじが当たったら?
想像する「もしも」の内容がいいものであれ悪いものであれ、何らかの予想を立てている。
予想って大事だよな。予測ともいえばいいのかな。「もしかして何か悪いことが起こるかも」って考えて、そうならないよう不測の事態に備えてきたからこそ、こうして今平和に生きていられるし、「こうするともっと良くなるかも」なんて予想を立てて知恵を振り絞ってきたからこそ、技術の発展とかもしてこれたんだろうな。先人の皆様ありがとうございます。

まあつまり何が言いたいのかていうと、おれだって、ちょっとは予想はしてたってこと。
予想はしてたけど、現実になるとやっぱり、しんどいなって思った。


おれ一人だけがやたらと恥ずかしかったコイビトの火神大我の誕生日も過ぎた同年の夏、インハイを過ぎた火神とその相棒、黒子に召集がかかったらしい。詳しいことはおれにはよくわかってなかったけれど、どうやら欧米の無礼者が日本のバスケをクソミソに言って、それにキレた火神や黒子やそのライバルたちが、一泡吹かせたろかい! とドリームチームを組んで撃退したんだとか。
それぞれが有名高校のエースである彼らはかつてキセキと呼ばれてたみたいだけど、中学時代はサッカー小僧だったおれはそこらへんは詳しくない。それでも噂を耳にしたことがあるくらいだから、知名度は高かったんだろう。

せっかく地元から近いところでやるんだからと応援には行ったけど、相変わらずおれの知ってるバスケじゃなかった。いや知ってるけどね。今年のインハイは県外で応援に行けなかったけど、練習試合とか行けそうなやつはバイトの隙間にこっそり見に行ってたし。
なんかすげえやつと試合するってんで意気揚々と行ったら何が起こってるのか正直わかんなかった。相手の柄の悪さしかわからんかった。おれが体育の時にやってたようなバスケと違う。まずボールが目で追えない………。

でも、試合が終わって。その時に火神が何を感じたのか、わかったような気がした。
だから、なんとなくだけど、予想はしてたんだ。だけどそうじゃなければいいなって、願ってもいた。
すっげえ好きだなって自覚したばっかりなのにな。
カミサマってやつがいるのなら、残酷だ。もうちょっと、時間がほしかったよ。

「アメリカに、戻ることにした」

試合が終わった数日後に呼び出されたのは、火神の部屋だった。初めて訪れる火神の部屋だというのにちっとも嬉しくない。ドキドキと逸る鼓動は、ときめきとかそういうのとは一切無縁で、不穏な感じで苦しかった。
お茶を出されて、長い沈黙の末に改まって吐き出された言葉は、おれの胸に重くのしかかった。

ああ、やっぱり。まず思ったのはこれ。
次に思ったのは、「アメリカに行く」んじゃなくて、「アメリカに戻る」んだなってこと。ここは──おれは、お前の帰る場所にはなれなかったんだなってこと。

改まって言うけどさ、おれ、お前の試合観てたよ。お前は気づいてなかったかもしれないけど。だから、改めて言われなくても、知ってた。そんで、黒子のが先に知ってたこともショックだった。まー黒子は相棒だし、ずっと一緒にいるもんな。今更そこんとこをどうしようとも思わないけど。でもそういう、未来に関わる決定を、相談されなかったってことが、一番ショックがデカかった。
高二の夏なんて、進路をどうするかってきちんと考え出す時期だ。バスケ馬鹿で一角のプレイヤーでもあるお前は、きっとプロになるだろう。日本だけじゃ収まらず、世界に飛び立ってくのかもって考えたこともある。そのことも踏まえて、一度ちゃんと話したいと、思っていたんだけど。
火神、おれ、多分お前が思ってるより、お前のことが好きだよ。お前と一緒にいるためにはどうしたらいいか、おれなりに結構ちゃんと考えてたんだけど、な。

黒子よりチームメイトより、誰よりおれが一番最後に知らされるってのも、しんどい。
お前にとっておれって、そんなに取るに足らない人間だった?
誕生日の時のあの幸せなひとときが、すごく遠く感じてしまう。

「そっか」

それ以外におれが何を言えただろう。だってもう、火神は決めてしまってるんだ。自分の将来に関わることだ。簡単に決めた訳ではないだろう。だったらおれに、何が言える? 火神の将来は火神だけのもので、おれが無理を言っていいものじゃない。なら、受け入れるしかないじゃないか。
アメリカ、アメリカかぁ。

「……遠いなぁ」

うまく、笑えてるだろうか。
どうしてもその先行きを祝う言葉がすぐに出てこないおれに、火神は幻滅してないかな。

ざあ、と外で雨の音がする。
まるでおれの心を表しているみたいで、少しおかしかった。おれも、泣きたかった。
それ以上の言葉が出てこなくて、沈黙が続く。火神と過ごす中で沈黙も悪くないなって感じたこともあったはずなのに、今は重苦しい。
おれは俯いて、逃避でもするように今までの火神と過ごした日々を振り返っていた。
そうして思ったのは、やっぱり火神が好きだってこと。
やっぱり、どうしようもなく、好きだ。どうしてかなんて、そんなのわからない、けど。
ここで終わりになんて、したくなかった。

「……勝手に向こうに戻ること、決めて悪いと思ってる。でも、向こうの強豪校が、おれを誘ってくれてて。このチャンスを逃してくねえと、思った。将来バスケで食ってくためには──MBAでプレイするためには、きっと一番の近道だと思うから」

沈黙を破ったのは火神だ。
滔々と語る言葉は決意に満ちていて、もうおれの言葉では揺らがないんだなと思い知ってしまう。

「絶対に、プロになる。日本でプロも考えたけど、でもやっぱオレは、強いやつと試合してえ。日本にだって強いやつはいる。でもそいつらだっていつかはMBAを目指すだろう。だったらオレは、初めからそこを目指してえって、思った。だから」

別れて欲しいって、続くのかな。
こういう時、ドラマとか漫画ではそういう終わりかたが多かった気がする。少なくとも姉ちゃんから借りた漫画ではそうだった。すぐには会えない距離になる。お互いのためにも、別れるのが最善だって。その時はまるっきり他人事で、ふーんって感想しかなかった。自分のこととなると、こんなにも胸が痛い。

「オレにはアメリカは慣れたとこだけど、お前には違うって、分かってる」

ああ、やめてくれ。それ以上続けないでくれ。
決定打となるその言葉を、口に出さないでくれないか。
いやだ、いやだ。別れたくない。なあ火神、おれ、別れたくなんか、ないよ。
アメリカと日本じゃ現実的じゃないってわかってる。それでもおれ、お前のことが──

「初めのうちは難しいかもしれねえけど、なるべく休みのときには帰ってくる。プロになれればシーズンオフの時には戻ってくる。だから、待っててくれねえか」

………………………………………ん?

俯いたままおれは真顔になった。予想とは違う言葉が出てきて、ちょっと受け入れ難い。
恐る恐る顔を上げると、火神の顔はマジだった。本気と書いてマジだった。
こいつ、本気で言ってる。日本とアメリカ、クッソ遠いのに遠距離恋愛しようって言ってるし、それができるって信じてる顔してる。

ドッと顔が赤くなるのがわかった。そのままヘナヘナと崩れてテーブルに突っ伏してしまう。
はあ─────────!? めちゃくちゃ恥ずかしいが!? 悲劇のヒロイン症候群まだ治ってなかったんかおれ!? そういうのやめようって、自分に誓ったよね!?
そういえばそうだった。火神はそうだった。おれに抱かれてもいいって思えるくらいには、おれのことが好きなやつだった。おれのことがめちゃくちゃ大好きで、ビビって一歩踏み出せないおれのために、思春期のムラムラも耐えてくれるスパダリだった。

「なまえ? おい、大丈夫か?」

「へ、へーき……ちょっと待って」

テーブルに懐いて熱い頬を冷やすおれの頭を、火神が撫でてくれる。ちょっと不安そうな声に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

優しく頭を撫でられて、おれは冬のあの日を思い出していた。
懐かしいな。思えばあれが、おれたちの始まりだった。

「な、火神」

撫でてくれる手を掴んで、頬に寄せる。頭は相変わらずテーブルに預けたまま、火神を見上げた。ちょっとびっくりした顔だ。かわいい。

「将来のことなんて何もわからないけど、お前のそばにいるために何ができるかって考えたんだ。将来何になりたいかなんて考えたこともなかった。けど、お前のそばにずっといたいって思った」

だから、だからさ。そんな捨てられた子犬みたいな顔しなくていいんだよ。おれだって同じだ。お前のそばにいたいんだ。

「スポーツ管理栄養士になろうと思ってる。英語も苦手だけど頑張る。一流の仕事ができるようになったら、そしたらいつかアメリカのお前に会いに行くよ。待ってるだけなんて、性に合わないから」

体を起こす。ちゃんと、火神に向かい合う。
ああ、やっぱり。

「好きだよ、火神。だからずっとそばにいよう。今すぐは無理でも、いつか必ず。だから──」

おれの言葉を遮るように火神が立ち上がった。火神の手を掴んでいたはずの手はいつの間にか掴み返されて、抱き寄せられた。

「オレも、好きだ、なまえ」

唇がこめかみに触れる。苦しいくらいに抱きしめられて、火神の感情に触れた気がした。
向かい合って、触れ合うだけのキスをする。
これからのことを、誓うみたいに。

「な、火神。おれ、傘忘れたんだ」

「ん」

話に夢中で気づかなかったけど、外は結構な大雨だ。窓に打ちつける雨の強さは、おれの背中を押してくれる。
今までのウブな関係が嘘みたいに、火神がちゅっちゅちゅっちゅキスをしてくる。おれが思ってた以上に、火神は我慢してくれていたようだった。本人は気づいてないかもしれないけど、当たってるんだよなあ。まあ我慢してたとかそんなん、おれもだけどさ。
キスに夢中な火神は、おれの言いたいことがわからないみたいだ。そういうとこも、好きだと思った。

さあ、おれよ。今こそ勇気を出す時だ。

「帰りたくないって言ったら、泊めてくれる?」

「────え、あ? ああ!?」

おれの言いたいことが伝わったのか、火神の顔が髪色に負けないくらい真っ赤になる。両肩に手を置かれて引き離されて、離れた体が少し寒い。
ごくりと火神の喉が鳴る。おれの頬もきっと、火神とおんなじくらい赤い。

唇が触れ合う。不埒な舌が、おれの中に入ってくる。
抵抗せず、むしろ受け入れ体勢ばっちりのおれをキスの合間に抱き上げた火神は、そのままベッドへ連れてってくれた。

そこから先のことは、おれと火神だけの秘密だ。



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