部誌17 | ナノ


愛ならば仕方ない



「なまえに、言わねぇの?」

 甲板で楽しそうに兄弟に囲まれて酒を飲むなまえを遠くで見つめながら酒を飲んでいると、いつの間にか輪を抜けてきたエースがマルコに話しかけてきた。
 普段は出された食事をたらふく食べて、注がれた酒は飲みほして顔を赤くさせているエースとは違って、マルコに気を遣うような視線を向けている。
 
「言わねぇよい」
「なんで」
「困らせたいわけじゃないからよい」

 マルコがなまえへ向ける気持ちに気付いたのは、意外にもエースだけだった。
 自分の感情を隠すことが得意とするマルコの気持ちに気付いたエースは、世話を焼くでもなく、かといって反対することもなかった。てっきりどちらかの反応されることを想像していたマルコは、エースがあまりにも大人しいことに驚いた程である。
 なまえに告白することも想いを断ち切ることも選べなかったマルコをそっと見守ってくれたエースだったが、痺れを切らしたのかこの夜、初めてマルコに問いかけた。

 なまえは次の島で降りる。
 降りて、「元の世界に帰る」のだと言った。
 そして、「二度と帰ってはこれない」とも。

 なまえがどこから来て、どういう風に育ってきたのかは誰も知らない。
 説明されても理解できないことが多く、また、理解できないまでもなまえが普通とは違う人間だということは、誰もが感じ取っていた。
 『グランドライン』『カームベルト』『四皇』『ワンピース』と、挙げればキリがない世界の常識を何一つ知らずに生きてきた人間はマルコもエースも、オヤジでさえも出会ったことがない。
 閉鎖された国で育ってきたのだとしても、なまえはあまりにも常識が欠けていた。

「もう、最後なんだぞ」

 昼間の印象と変わり、震える声でエースが言葉を漏らす。
 なまえと誰よりも長く過ごしていたのは、他の誰でもないエースだった。
 スペード海賊団の船長だったエースと船員であるなまえの出会いは、穏やかな海を航海中に身綺麗な格好でぼんやりと佇んでいたなまえを見つけたことから始まったという。困惑するなまえを海へと連れ出し、貧相な身体をしていたなまえを鍛え上げ、海の男に仕上げたのは他の誰でもないエースだった。
 付き合いが長いということは、付き合いの数だけ思い出があるということだ。
 これが他の男であったなら、男が決めた決断に普段は口を出さないエースも相手がなまえとなると、今回ばかりは寂しい気持ちが勝るのかもしれない。

 マルコは遠くで聞こえる名前の笑い声を耳にしながら手に持っていた酒を口に含んだ。
 この声も聞き納めだと思う度に、小さな針で刺されるような痛みが胸に走ったものの気付かない振りをする。

 マルコはなまえが好きだったが、同時に同じ船の船員で、この船の呼び方で言えば弟になる。船員であり兄弟という立場を崩すことなく接してきたマルコの努力の甲斐があって、マルコの気持ちに気付いた男はエースただ一人だけだった。

 男同士だからということではないし、歳の差も気にしたことはない。男として触りたい気持ちもあれば、守りたいという気持ちだって持っていた。なまえが笑えばマルコも嬉しいし、なまえが泣いていたらマルコも悲しい。まるで、十代の頃のような恋が今もずっと続いている。

 そうして、ひっそりと育てた恋は幾度も女を抱いてきたマルコにしては、本当にささやかなものだった。

 海賊船に乗っている以上怪我だって日常茶飯事で、不死鳥の能力を持つマルコとは違ってよく怪我をこさえていたことを思い出す。だから、元の世界に帰ったら、怪我なく元気で過ごしてほしいし、ずっとそれが続いてほしいと願っている。

 口にするつもりはなかったなまえへの想いを零してしまったのは、酒のせいで感傷的になってしまったからかもしれない。そして、昼間は騒がしい位に元気な明るい男が隣で静かに聴いていてくれたからだろうか。

「どこでもいいから、生きていてくれればそれでいいよい」

 そうして締めくくったマルコが話さなくなって、マルコとエースの二人の間に沈黙が流れた。
 少し離れたところではまだまだ騒ぎ足りない飲んだくれの男たちの声と、船の下から聞こえる波の音だけが聴こえている。

 エースはマルコが口にした想いの数々をゆっくりと頭の中で噛み砕く。
 恋をしたことがないエースでも、マルコはなまえが好きで、大切で、だからこそ何もしないという未練だけが残る方法を選んだことがどういうことなのかを想像した。

 だってもう、なまえに会うことは出来ないし、触ることも見ることも、声を聴くことだって出来ないのだ。想いを告げず気持ちを燻ぶらせることが辛いことはエースにも理解できるのに、マルコはあえてそれを選ぶという。
 マルコは海の男だ。欲しいものは奪ってきたし、これからもそうする事は予想できるのに、なまえだけは好きで、大切だから、奪わないという。

 どこでもいいから生きていてほしいという気持ちは、想いは違えど島へ置いてきた弟を持つエースには少しだけ理解出来た。
 エースはどこでもいいからルフィに生きていてほしいし、サボにも生きていてほしかった。
 恋、というのは分からなくても、そう願う気持ちがあることをエースはよく知っている。

 そして、それをなんて呼ぶのかも。

「もうそれ、恋じゃなくて愛じゃねーか」

 エースの口から聴き慣れない言葉が出たことにマルコは目を丸くする。
 けれども、言葉の意味を理解するとマルコは唇を噛み締めながら、末っ子の前で精一杯強がることしかできなかった。



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