部誌17 | ナノ


愛ならば仕方ない



 ゆらりと揺れる蝋燭の陽炎が部屋を照らす。その淡い灯火を頼りに宮都は黙々と筆を滑らせる。墨を擦った漆黒と真っ白な和紙だけが宮都の目に映る色であった。
 筆一本を巧みに操り、白磁の和紙に漆黒が染み込んでいく。その染みさえも宮都にしてみれば絵の一部だ。染みを覆い隠すようにまた筆を乗せ、そうして時間をかけて和紙に形が現れていく。部屋に響く音は宮都の息づかいと和紙に叩きつける筆先だけ、その音以外宮都の耳には入ってこない。否、それらの音以外に入れることを拒んでいた。
 筆を持って時間がどれほど経っただろうか。時間という概念が消失していた部屋は、溜め込んでいた息を吐き出すことで再び時間が動き出す。筆を硯に置く。筆先から墨がどんどん吸い込んでいっていたがもう宮都の興味は別のものに移っていた。
 視界がやけに暗く感じ、辺りを見渡すと蝋燭がとっくに溶けきってしまっていた。それでも障子越しから淡い光が当たっている。もう朝になろうとしていたのだ。いつから描き始めていたのかもう宮都も覚えてはいない。そして時間がどれほど過ぎたのかも把握もできない。五分程度の気がするし、1日経っているようにも感じられた。そうした時間という概念はとっくに欠落しているのでさほど気にはならなかった。それよりももっと別のことに宮都は興味を示している。
「……まいったなぁ」
 絵を描ききった達成感よりも、困惑が先に声に出てしまう。
 脳裏に浮かぶ構図をそのまま写し取っただけだった。一度浮かべば次に描こうと思っても浮かばない。宮都はいやというほど経験したその焦燥感から逃げるべく、勢いのままに筆を持っただけ。
 描いたのは人間だ。今の季節にふさわしい花に埋もれる人間を描いてみたかった。だが、その描いた人物は宮都のよく知る人物であった。ただただ筆を通じて描いたその見知る顔をまじまじと見つめる。
「……うん、まあ、これも仕方ないんだろうな」
 描きたいから描いた。脳裏に浮かぶその人物に対して宮都は一つの感情だけで表せられない情を抱いている。ただ、一つに例えろといわれれば……そういうことなのだろう。
「俺はそういうタイプじゃないと思ってたんだけどなあ」
 らしくないといえばらしくない。本当に宮都という生き物からはありえないものであった。きっと双子の姉が見たら気味悪がるに決まっている。だってしかないのだ。描きたかったのだから、仕方がないのだ。
 なんともいえない気恥ずかしさを覚え、誰もいないと理解していながらもいそいそと絵が描かれた和紙を丸める。そして部屋の襖へと向かい、引いて押し入れの下段に放り込んだ。その中には投げ入れた和紙と同様の紙が散らかっている。どれもそれも宮都が描いたものだ。そして、誰にも見せたくない秘密の場所でもある。
「近いうちに焚き火するか」
 どうせなら芋でも焼くか、なんて独り言が部屋に虚しく響いた。

 その後、焚き火を実行しようとしたらボヤ騒ぎとなり、その相手に小言だけではなく紙の中身を見られるとはこのときの宮都は知る由もなかった。



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