部誌17 | ナノ


紫煙



出会いは物語の基本要素だ。
記憶にあるいくらかの本を思い起こせば、そのいずれかのプロットで出会いが重要なファクターになっている。

美しい少年、少女、青年……それらとの出会いが、物語の起点になって展開していく。
平凡な主人公のもとに現れる美しい少年、なんてベタすぎる展開だ。

諏訪洸太郎は自分のことを平凡だと、言い切りはしない。自分を客観的に評価できるものさしを持ち得ているとは思わない。

だがしかし、目の前にいる青年が「美しい」と形容できることは確かで、それを並び比べれば、自分の容姿は平凡と呼べるだろう。

問題は、その青年の様子が明らかにおかしいことだった、

まず、距離が近い。
物理的な距離が異様に近い。初対面で、お互いの名前を知りもしないのに、ぐいぐい来る。相手がきれいなお姉さんなら、美人局を疑う。
ボディタッチが多いわけではない。ただ単純に近い。
名前を聞くために顔を覗き込まれたとき、あまりの睫毛の長さと、瞳の色素の薄さに頬が火照った。

彼が誰を相手にしても、距離が近いわけではないことは、少し様子を見ればすぐにわかることだった。
だからこそ、解せない。

あまりにも自然に近づくから、近い、というタイミングを逃してしまったし、自分に気があるのか、と聞くこともはばかられる。

悪い気はしない、と思ってしまっていることに問題がありそうなことからは目をそらす。

「洸太郎、席こっち」
「おう」

同じ講義をとっている彼が、良さげな席をとってくれている。この講義は受講者が多くて競争率が高いから、いい席を確保するのは中々大変だというのに、しっかりと諏訪の好みの席をキープしている。

自分に利があるから、当たり前のように隣に座ることも、手を降って呼ばれることにも慣れてしまった。

なまえが空けた席に腰をかけると、なまえは諏訪の肩のあたりに顔を近づける。予測不能な接近に、諏訪の心臓が跳ねる。
過剰に反応するわけにもいかずに眉を跳ね上げるだけにとどめた。

なまえと知り合いになってから、今まで交流のなかった派手な人間に声をかけられる機会が増えた。いわく、『なまえくんと仲いいの?』『付き合ってるの?』『今度紹介して?』などなど。いきなり、距離を詰められた諏訪は、関係をどう説明していいかわからずにまァ、などといって濁してしまうのも多少なりと問題があるのかもしれない。

なまえと話をするのは、嫌いではない。居心地は良いと思う。
ただ、彼が、はじめから諏訪に対して好感度が高すぎたような気がして、なんとなく持て余しているだけだ。

「煙草吸ってきた?」
「……あ? ああ、」

匂いを嗅いでいたらしい。服についているのだろう煙草の匂いを嗅ぐ旋毛に、上の空で返事する。

「俺も煙草吸おうかなぁ……」

彼は煙草を吸わない。諏訪が喫煙しているときは、少しだけ困ったみたいに隠れるように咳をしているところを、見たことがある。それでも彼の諏訪への距離は変わらなかった。
なんとなく、それから、諏訪は彼がいないところで煙草を吸うことにしている。

「苦手なんだろ」
「吸ってみれば慣れるかもしれないし」

なんのために、慣れようとしているかなんて明白で。

なまえは、美青年だ。
すらっとした脚は、同じ椅子に座っていると長さが際立つし、生まれつきだという栗毛色の髪の毛は、繊細な容姿によく似合う。
生白い首にかかる輪郭の陰影は、視界の引力が凄まじい。
通った鼻筋も、薄い唇も、呆れるほどに美しい。

今まで、本の上でしか知らなかった人を狂わせる美貌、というものを、はじめて肌で実感した。

そして、その魔性の美を持つ青年が、自分に対して異様なほどに親しげであることを、諏訪はなんとなく、持て余している。

好かれることに、悪い気はしない。まさか、なまえが自分に対して本気であるなんて欠片も思っていない。
もしかしたら、小学生だったころにどこかで助けたのかもしれないし、他人の空似が原因、という説もある。

ただ、諏訪は「どうして?」を聞けずにいる。
始業の鐘がなる。眠そうな顔をした講師が自前のチョーク箱を開いた。

「洸太郎とおなじ銘柄が良いな。教えてよ」なんて、耳元にささやくから、その温度に当てられた諏訪は無意識に煙草のはいったポケットを探る。
さっき吸ったばかりの紫煙が恋しくなった。



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