部誌17 | ナノ


藤棚



喧嘩を、した。
内容なんて些細なことだ。今となっては至極どうでもいいものなのに、些細な言い合いは口論となり、白熱した喧嘩となり、怒った和成は家を出て行ってしまった。

家を出て行った、なんて表現は少しおかしい。

ぼく、みょうじなまえと高尾和成は、お互いを家族だと思っている。
だけど、縁はあっても所縁はない、全くの赤の他人同士なのだ。


和成とぼくの今の関係は、ひどく曖昧なものだった。
原因はぼくだ。ぼくがはっきりさせないから、最近の和成はイライラしている。
公園で捨て猫みたいに雨に濡れてた和成を家に連れ帰って甘やかしたのが、ぼくらの関係の始まりだった。学校でも家でもカッコつけてしまう和成の憩いの場所になればと、ぼくはぼくの家を提供した。何度か同じ公園からぼくの家まで連れ帰れば、和成は自然と、公園でぼくを待つのではなく、自分からこの部屋を訪れるようになり、次第にぼくに甘えて来てくれるようになった。
この部屋では甘ったれになる和成。まるで猫みたいだ、なんて思っていたのが悪かったのか。
抱きつかれてキスされて、告白された。返事はすぐじゃなくてもいいよ、なんて言葉を間に受けて、両片想いの期間を勝手に楽しんでいた。和成の気持ちも知らないで、呑気に。本当にぼくは痛い目に遭うべきだ。いや今現在進行形で痛い目にあっているが。

家族だと、ずっと思っていた。血の繋がりはなくとも、ずっと家族のように過ごしてきた。ぼくには両親と妹がいるし、和成にだって家族はいる。それでもぼくらは、この空間では家族だった。お互いを信頼しあっていた。
想いが食い違うようになったのは、いつからだったんだろう。鈍いぼくは和成からのアプローチに気づけなくて、告白されてから数々のアプローチに気づいた。今思えば、相当初期からアプローチされていたっぽい。思い返せば情けないばかりで、年上の威厳とかほんとあってないようなもんだな、と思う。

告白されて、自分の想いを自覚した。けれどヘタレなぼくは、ぼくたちの間にある年齢差とか価値観とかの違いに怯んでしまった。今の心地よい関係のままではダメなのかと、二の足を踏んでしまった。
何が両片想いを楽しむ、だ。結局ぼくは、今のこの関係が壊れることを恐れただけだ。
多分、和成はぼくのこの甘ったれた心情を察したに違いない。待てども待てども答えはもらえず、はぐらかされて。それでいて甘えても拒否されないこの現状は、和成にとってひどく苦しいものだったんじゃなかろうか。お兄には気遣いと想像呂が足りないと妹に散々叱り飛ばされてきたぼくだ。いまだ成長の兆しが見えないなんて恥ずかしい。

「追いかけ、ないと」

口にしてようやく顔を上げる。早く、早くあの寂しがりを追いかけて、抱きしめてあげないと。でないとあの子はまた独りで泣いてしまう。ようやく独りで泣かなくてもいいんだと、わかるようになってきていたのに。

「何をやってるんだ、ぼくは」

答えなんて、とっくに出ているのに。
本当に、ぼくは馬鹿だ。

開けた視界の先、窓の向こうでは、曇り空が広がっていた。
ジャケットと適当に羽織り、玄関で傘を手に取り部屋を出る。鍵をかける行為が億劫だ。そんなことより早く、駆けつけてあげたいのに。
エレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け下りる。マンションを出れば雨が降り出していたけど、傘を差すのも煩わしかった。そもそもこの傘は、ぼくのためのものじゃない。

走って、走って、走って。
目的地なんてひとつきりしかない。
この部屋に来るようになる前の、和成の逃げ場所。
あの公園の、藤棚の下へ。

息が切れるのなんてどうでもよかった。
走った先、満開の藤棚の下に和成がいた時、心の底から安堵して、そして。
どうしようもなく愛しさが溢れた。



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