部誌16 | ナノ


秋のすすめ



「っぷしゅん!」

可愛いくしゃみが聴こえて、太刀川慶の視界が一気にクリアになった。
ああ、俺寝てたのか。
他人事のようにそう思いながら、ソファから体を起こす。

「大丈夫〜? なまえくん、風邪?」

「最近夜とかも冷えてきたしなぁ……なまえくん、大丈夫?」

「ん、へーき。ゆうちゃんもこうへいくんも、ありがと」

心配そうに顔を覗き込む出水と国近に、なまえと呼ばれた子供はすん、と洟をすすりながら応える。3人のそんな様子を眺めながら、太刀川は己の着ていたカーディガンを脱ぎ、なまえの元まで近寄るとその小さく細い肩にかけてやる。

「! けいくん、おはよ!」

びっくりした顔で、なまえが太刀川を見上げる。くりくりした大きな瞳は少し潤んでいて、子犬のようだ。今日もやっぱり、なまえは可愛い。上層部から指令を受けた護衛対象ではあるが、今となっては任務関係なくなまえを守るために全力を出す自信がある。

「おはよーなまえくん。それ着て」

「でも、けいくんかぜひいちゃう」

「寝起きであっちぃから俺はいいの。なまえくんが着るべき」

なー、と国近と出水に話題を振れば、ねーと2人揃って頷いてくれる。いいチームワークだ。自画自賛。

いつもの太刀川隊の作戦室で、いつものメンツだ。唯我はうるさいので追い出した。今頃泣いて帰宅しているかもしれない。ああもうるさくなければ作戦室に置いておいてもいいのだが、構われたがりの唯我はなまえに対して変なライバル意識があって面倒なのだ。
親が資産家の唯我となまえ、立場が同じ故に大事にされているなまえが羨ましいのかもしれない。だがしかし、である。そもそもトリオン量と年齢に雲泥の差がある。出水や太刀川がなまえにつきっきりになるのも当然のことだろうに、唯我はずるいの喚くばかり。
なまえの護衛と指導は任務でもあると言っているのに、それを理解しようとしない奴を追い出すのは仕方のないことだろう。親の権力でA級一位の太刀川隊に所属している唯我ではあるが、それでもボーダー隊員なのだ。上からの指令には従う必要があるはずなのだが、未だにその辺りを理解しているのかいないのか。

「つか、4歳児と張り合うの恥ずかしくないんですかね?」

とは出水の言である。まことに尤もな意見だ。
そんな唯我なので、結構な頻度で作戦室から追い出されてしまう。よいこのなまえはそのことを申し訳なく思っているようだが、自業自得なので是非とも気にしないでほしい。

「わ、なまえくんが着るとロングカーデになるねえ」

「裾ちょっと引きずるかな? いける?」

「まー引きずってもいけるだろ。抱っこして運ぶし」

「出た〜 太刀川さんの抱っこ芸」

「芸なの?」

わちゃわちゃ言いながらなまえにカーディガンを着せていく。国近と出水二人掛かりで袖を折ってやっていて、仲良いなこいつら、と思いながら太刀川は少しの寒さに二の腕を摩った。

「少し前まで夏だったのに、一気に秋ですなぁ」

「ここ最近、秋めっちゃ短くねぇ? 一気に冬になりますよね」

「昼と夜の寒暖差にやられてしまう〜なまえくんあっためて!」

ぎゅう、と抱きつく国近の背中に、なまえがおずおずと手を伸ばす。なまえに抱きつかれた国近は、感動した様子で抱きつく力を強くしたようだった。

「あー、なまえくんかわいい!」

「なまえくんはいつでも可愛いっしょ」

「たしかに!」

「か、かわいくないもん」

かっこいいほうがいい、と小さく呟くなまえが可愛くない訳がない。3人揃ってニコニコしていると、唇を尖らせたなまえが国近の背中から手を離した。

「それに、ゆうちゃんのがかわいいもん」

「〜〜〜〜〜〜っ! なまえくんがかっこかわゆくてつらい!」

頭を抱えて後ろに倒れた国近である。アホだ。ぱんつ見えそうだけどそこはかわいい女子的には大丈夫なのだろうか。
まあ国近のぱんつに興味ねえけどな、とちょっと顔を赤らめて視線を逸らしている出水を横目に太刀川は思った。ちょうど国近の手から離れたことであるし、なまえを抱っこするチャンスである。倒れる国近を戸惑いながらも心配そうに見下ろしているなまえを抱き上げ、適当に思いついたことを口にする。

「秋といえば、なんだっけ、月見だっけ?」

「中秋の名月は過ぎてるっぽいですけどね」

「え、日付決まってんの? けどまぁいつやったっていいだろ。こんなもんはやりたい時にやるもんだ」

口にすればなんだかいい案な気がしてきた。ボーダー本部の屋上は、遮るものもなくて月がよく見える。いつもは夜間の防衛任務の時に何とはなしに見ているものであるが、なまえと見ればきっと違う感想も抱くだろう。

「おつきみ? するの?」

「そう、お月見。国近、餅あったっけ」

「あるよぉ、季節問わずお餅食べてるもんね、太刀川さん。ていうかお団子じゃないんだ……」

「こういうのは気分だよ、気分。似てりゃなんでもいいだろ? 餡子残ってたはずだし、夜更かしして月見するぞ、なまえくん!」

「よふかし」

「今日は本部にお泊まりだ!」

「!」

なまえの瞳がきらきらと光る。巨大なトリオン量を備えるなまえとは言え、親を持つ子供である。忙しそうにしているからといってなまえを家に帰さない訳にもいかない。それでもひとりで眠ることが多いというなまえは、いつも帰り際は寂しそうにしていた。
なまえを本部に泊めるとなれば、太刀川の力だけではどうにもならない。それならばいっそ、忍田も巻き込めばいい。あの人になまえのお泊まりの許可を親御さんにとってもらおう。一番大事なところは他人任せの太刀川である。自分の言葉に説得力がないことは重々承知しているので、これは適材適所である。

「晩飯食って月見して、風呂入って一緒に寝ような。今日は全部一緒だ」

「わぁ……! いっしょ! うれしい!」

ぎゅう、と首に抱きつかれて、太刀川はその小さな背中を抱き返した。

この子供が、色んなことを知ればいいと思う。大きな邸宅の小さな世界だけではない、もっと大きな世界で、色んなことを体験して、大きくなってほしい。その隣に自分が居られるのなら、こんなに嬉しいことはない。
寂しげに揺蕩う黒い瞳が、今はこんなにきらきらと輝いている。この輝きを自分が引き出したのだと、世界中に言って回りたい気持ちだ。

「太刀川さん、ほんとずるいなぁ」

「ほんとほんと」

苦笑する出水と国近に、太刀川はにんまりと笑みを見せる。
これは、今だけは、太刀川の特権なのだ。



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