部誌16 | ナノ


ひとつきりの嘘



嘘が苦手な奴だった。
誠実そのもので、嘘がついたとしても可愛らしいものばっかり。しかもバレバレ。
仕方ないなって笑いながら、そのバレバレの嘘に騙されてあげていた。

でもごめん、今回はその嘘には騙されてあげられない。

「おれは、大丈夫だから」

全然大丈夫なんかじゃないくせに。





「わっ、迅、いきなりどうした?」

「いきなりなんかじゃないよ。ずーっと俺は我慢してたんだから」

「我慢? って何を? え?」

「いいからいいから、ほら」

こうして手を引いて歩くのは何度目だろうか。
未来視ってのは便利で不便だ。そしてちょっとずるい。
この卑怯な力を迅悠一は世界のために行使するつもりだったが、たまにはこんな使い方をしても許されるだろう。何てったって、ボーダーが誇るべきお人好しが倒れるのを防げたんだから。
来馬と並ぶお人好し、みょうじなまえは、迅の同級生だった男だ。今は大学生をしながらボーダーに勤めている。天涯孤独の彼は、人に求められたいから人に優しくするのだという、偽善者を装った偽悪者だ。少なくとも迅の認識はそうだ。ボーダーの任務にかまけ過ぎて高校卒業さえ危うかった迅が卒業できたのは、みょうじのおかげだが、それも自分のためなのだとみょうじは言う。有名人なお前の頼れる友人でいたら、おれの評価も上がるだろ、と。

ほんと、嘘が下手。
たかがそれだけのために、あれだけ必死になったりは普通はできないものだ。
それっぽっちの評価のために、迅が分かりやすいようにノートを作り直したり、先生に頭を下げたりできるだろうか。自分だったら絶対に無理だ。
だったらどうして、と考えて、その理由に思い至る前に思考を止めた。迅は今のこの生温い関係を気に入っているのである。いつかは、と思ってもいるが、もう少し時間をかけたい。まだ気は熟していない、はずだ。

「また無理してただろ。他の人間は騙せても俺は騙せないよ」

連れ込んだのは本部で迅に与えられた部屋だった。何度も連れ込んだことがあると言うのに、みょうじはポーカーフェイスを気取りながら耳を赤くさせていた。挙動不審になりそうなのを必死に隠している。いや、実際挙動不審だし、隠し切れてなさすぎるけども。
あーもー堪んないなあ、と内心で呟きながら、迅はみょうじを仮眠用に置いてあるベッドまで誘導し、無理矢理横にならせた。

「いや、迅、おれまだあることあるんだって」

「みょうじのことだから、期限ギリギリのやつはないでしょ。ほら寝た寝た。また無理して夜更かししたの?」

「してない、から! じ、迅!」

心臓爆発しそう。
真っ赤なみょうじの顔はそう言いたげだった。こんなに意識されていて気づかないはずもなかったが、やっぱり迅は知らないふりをした。みょうじとの関係について、迅は積極的に自分の能力を行使することはなかった。もし見た未来の中で、みょうじが自分以外の人間と恋人関係になっている姿を見て立ち直れる自信がなかったからだ。まあこんなに惚れこまれているので、その心配はなさそうだが、万が一ということもある。

「じゃあ、寂しかった?」

「──、うるさい」

偽悪者を気取って人に優しくするみょうじは、結局のところ、とてつもない寂しがりだった。
天涯孤独の身の上ではそうなるだろう。誰かに優しくすることで、誰かに優しくしてもらえる。誰かのそばにいても許される。独りでは、なくなる。
だけど、誰かのそばにいたって、きっと孤独だ。みんな帰る場所があって、そこには待っている家族がいて、でもみょうじには誰もいない。誰もみょうじの孤独には寄り添えない。みょうじと同じ境遇の人間は悲しいことに、三門市は結構な数いたが、傷の舐め合い位なるからか、お互いが必要以上に仲良くなることはなさそうだった。

「おれ、は、大丈夫……大丈夫だ」

「嘘つき」

子供のように自分の腕を抱いて小さくなるみょうじの横に寝そべると、迅はみょうじを抱き抱えた。あやすように背中を撫で、いつものようにそのまま眠りにつく。
みょうじの孤独が癒えればいい。そのためなら何だってしてやりたい。

迅悠一は、みょうじなまえを愛していた。
だからこそ、その嘘だけには騙されてあげないのだ。



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