部誌16 | ナノ


ひとつだけの嘘



「おとうさん、どうしてうちにはおかあさんがいいないの?」
 作ったオムライスをハムスターのように頬を膨らませて食べていた息子が前振りもなくいってきた。あまりに突然過ぎてうっかり自分のオムライスにかけるつもりだったケチャップが勢いよく出てしまう。オムライスの黄色が赤に変わってしまったが味には変化はないだろう。多分。それよりも息子の台詞のほうが問題だ。
「ど、どうしたんだいきなり……もしかして保育園で何かあったのか?」
「あのね、けんちゃんがいっていたの。けんちゃんのおうちにはおとうさんとおかあさんがいるのにボクにはおとうさんだけしかいないのヘンだって」
 けんちゃんテメェなに余計なこといいやがったんだ。息子が一番仲良しの友達への暴言はもちろん口には出さなかった。ふうと一端深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。いつか来るとは思っていた。片親しかいない環境は今では珍しくはないがそれでも幼気な子供からすれば親は二人いて当然だと思うのは仕方がない。いつか聞かれてもおかしくはなかったので覚悟はしていたが、まさか日曜日の昼食時にいわれるなんて思いもしなかった。シミレーションはしていたものの、いざ本番になると色々考えていた案が吹っ飛んでしまった。色々言い訳している間にも息子の質問責めが止まらない。
「ねえねえなんでうちにはいないの?」
「あー……ちょっと遠くにいるから会えないんだ」
「とおくってどこ?」
「遠くは遠くだ、だから会うことが難しいんだよ」
「なんで?」
「そういう約束だからだ、ほらオムライス冷たくなっちまうから早く食べろって」
 無理矢理話を流そうとオムライスをスプーンで掬って息子の口に運ぶ。しかし、オムライスよりも別のことが気になってしまった息子はイヤイヤと首を横に振って拒否しようとする。
「やくそくってことはおかあさんぼくとあいたくないの?」
「ん、んなわけないだろっ……」
 眉を八の字にして今にも泣きそうになる息子の問いに慌てて否定する。会いたくないわけないのだ、ただ会えない理由がある。それをどう伝えたらいいか悩んでしまう。しょんぼりとしてしまった息子の頭に手を置いて頭を撫でた。
「お前の母親は会いたくても会えない理由があるんだ、でもいまはそれを話せない……でもずっと会いたいと思っているのは確かだぞ」
「……じゃあいつあえるの」
「あー……お前が大きくなったらな」
「いつ? しょうがくせいになったら?」
「あーと……あれだ、お前が大人になったらだ。もうこの話は終わり、オムライスいい加減食べてくれっ」
 これ以上の言い訳が思い浮かばず、無理矢理オムライスを息子の口に突っ込んだ。今度は抵抗せずに口に中に迎え入れ、そのままモグモグと咀嚼する。また口を開こうとしたらまたオムライスを突っ込む。その繰り返しをしていればそのうち食べることに専念するようになった。気を紛らわせたことが成功してほっと胸を撫で下ろす。夢中でオムライスを頬張る息子を尻目に気づかれぬようにため息を吐き出した。
(……さすがにいえるわけないよなあ)
 息子にいっていることはすべて本当だ。遠くにいて、会いたくても会えない理由がある。ただ、一つだけ嘘をついた。
 会いたくても会えないのは『母親』ではなく、『父親』の方なのだ。
(……まさか俺が『母親』でしたー、なんていえるわけねえだろ)
 それを伝えたときの息子の反応を想像するのが怖くなり、悪い想像を打ち消すためにケチャップ塗れのオムライスを口いっぱいに放り込んだ。



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