部誌16 | ナノ


言い訳の義理チョコ



「みょうじさん、お菓子作りが得意ってほんと?」

果たしてどうしてこんなことになってしまったのか。
自分史上初めてこんなにも女子に囲まれているが、正直な話、ちっとも、全く嬉しくない。

ボーダー本部の、人気のない一区画。顔見知りの女子隊員に腕を掴まれたと思ったら、そこには両手で足りるくらいの人数の女子隊員が集まっていた。
キラキラした瞳で見つめてくる女子たちの表情は完璧に恋する乙女のそれで、しかしその恋の矛先はもちろんおれではないのだ。

「諏訪さんが、みょうじさんのマドレーヌ食べて自慢してたの聞いて、教えてもらえたらなって」

いやもうほんと、諏訪くたばれ。
心からそう願ってしまっても許されるはずだ、多分。



そもそもが、である。
家事だろうが何だろうが、おれは必要に駆られてしているだけで、しなくていいならもちろんしたくないに決まってる。
大規模侵攻で唯一の家族を亡くしたおれは、ボーダーに所属して給料をもらってなんとか生活している。よりによってそんな危険なとこに入らなくても、と自分でも思ったりするが、学校だの就職だの融通が効くってのはなかなかの強みだ。でもそれだけじゃなくて、母を亡くして、その復讐のつもりでもあったかもしれない。理由はきっと様々で、今となっては曖昧だ。当時のことはよく覚えてなくて、まじの天涯孤独だったおれは、生きる手段を見つけるのに必死だったのだ。

遺族年金やらボーダーの援助やらいろいろあったが、将来のことを考えたら使わないに越したことはない。当座の金はあっても、国やボーダーがこれから先の生活全般の面倒を見てくれるわけでもないんだし。なもんで、ある程度は貯金しつつ、自分で生活費を賄わないといけなかった。これがまあきついの何の。
いや、一応国から後見人みたいな弁護士さんを紹介されたけども、月一の面会があるくらいだ。遺産等の大きな金の管理はしてもらっているのでありがたいとは思うが、その人に全部は寄っかかれないわけだ。

母親から料理を含め家事全般を習っていたとはいえ、おれは親の庇護下にある学生でしかなかった。金の管理を含め、生活の全てを自分でこなさなければならなかったのは地味にキツかった。しかも学生をしながら、だ。学校辞めりゃあある程度楽にはなっただろうが、将来的にそれでいいかというとそんなことはない。ボーダーだっていつまでいられるかわかんねえし、ある程度の学歴は欲しい。
二足の草鞋はきついものがあったが、何も考えなくていいのが良かった。母さんを亡くした悲しみとか、近界民への憎しみとか、ごちゃごちゃになった感情を整理するには時間が必要で、多分直後に考える時間があればおれは自家中毒を起こしてたと思う。何とかして生きてかなきゃって、目の前のことだけに集中できたのは、おれにとってはいいことだった。

母子家庭だからか、母さんはいつも言っていた。あたしが死んでもちゃんと生きてかなきゃダメよ、って。人生何があるのかわかんないんだから、ある程度のことは自分でできなきゃあとが困る、というのが口癖だった。まあ、自分が働いてる間におれが家事できたら楽できるってのもあっただろう。それにおれは不満なんてあるはずがなかったし、実際にこうして役に立ってるんだから、本当に人生何があるかわからない。わかりたくなんて一生なかったけど。

一人暮らしを始めたばっかりの当時はおれもスーパーの惣菜とか弁当屋とか活用していた。しかし悲しいかな、おれはB級に辛うじて引っかかっている下っ端隊員で、それほど立派な給料を得ている訳ではない。惣菜はそう安いものではなかったし、何より飽きる。母さんの飯に慣れていたおれからしたら、外食やそうした惣菜の味は、全体的に味が濃かった。不味いわけではもちろんないけど、続くと飽きる。自炊を始めたのはそういう背景があるのであって、誰かの飯が食えるならそっちの方がいいに決まっている。
マドレーヌだって、コンビニとかで一個百円くらいするもん買うよりは、ホットケーキミックス買って自分で作った方が安上がりだ。大量に食いたくなった時とかは特に。
一度家にあげてから何でかおれの家に上がり込むようになった諏訪にそのうちの何個かを奪われたのは全くの不本意で、そもそもそういう楽ちんお菓子レシピなんかはネットに山ほどある。だからおれが教える必要なんてどこにもないと思うのだが。

「お母さんにバレたら絶対揶揄われるし、お父さんにバレたらうるさい」

「お母さんもお菓子作りあんまりしたことないしいちいちうるさい」

などなど、思春期女子は複雑らしい。いやだからって何でおれ? おれも一応年頃の男子なんですが。
おれの言い分が一切考慮されず、食堂のキッチンでお菓子講座が開かれることになってしまった。作りたいもののリクエストもされたんだが、待ってじゃあおれそのレシピも調べなきゃいけないってこと? 任務も学校もあるのに?
びっくりして言葉も出ないでいると、顔見知りの女子隊員がこっそりと教えてくれた。何でも沢村さんがおれのシフトをこっそり空けてくれたそうで。多分沢村さんも参加すると思う、って言われても、おれの任務が減るってことは給料も減るってことなんですが!? 金にならない上にめちゃくちゃ苦労しそうなことを強いられているのかおれは。唖然としているうちに目の前の女子の集団はいつの間にかいなくなっていた。

全部の元凶が諏訪かと思うと、諏訪が酷い目に遭うことを願わずにはいられなかった。
いやもうほんとさあ……。



結論からいうと、紛うことなき地獄であった。
料理もろくにしたことない子に教えるのって大変だし、それが複数とかしんどすぎる。家庭科の先生ってすごいんだな。何で学校でチョコの作り方教えてやらなかったんだ? そしたらおれはこんな目には合わなかったってのに。
当分チョコ食いたくないし、匂いも嗅ぎたくない。正直胸焼けがすごい。

唯一の救いは、沢村さんがバイト代をくれたことだ。いや年のそう変わらない女性にバイト代もらうのって情けないにも程があるけど、まじで金でももらわないとやってられなかった。あれはボランティアでは無理。特に沢村さん本人がやばかったしな……
思わず遠い目になりながら家路に着く。お礼に、と大量のチョコ菓子を土産にもらったが、その指導をしたのはおれだと思えばありがたみは正直あんまりない。一番出来の良いのは本命に渡すんだ、って目の前でラッピングしてるのを見てるし、二番目三番目は家族宛にしてるのも見ている。おれがもらったものは、と考えればそりゃあありがたみなんかねえわな。
そもそも教えたのはおれだし、おれがいなきゃ出来上がってない品だ。つまり自分で作ったもんの方がうまい。教えるためにも練習もある程度してったから余計に。まあ気持ちはありがたいけど。

精神的疲労度が物凄くて、防衛任務より疲れるって何だ? なんて自問自答しながらマンションに着くと、部屋の前の扉に座り込んでる人物がいた。
最近あまりにもこの光景を見すぎて溜息が漏れる。こうして待ち伏せされ始めた時はお隣さんとかに通報されかけてたもんだが、今や差し入れをもらうくらいには仲良くなってしまったらしい。地面に放置された空の紙コップがその証左である。

「遅かったな、みょうじ」

「うるせえ帰れ。何でまたいるんだ。つうか来んなって言ってんだろうが」

「悪ぃ悪ぃ。俺ん家よりこっちのが本部に近いしよ」

いや理由になってないだろそれは。
思わず睨みつけても諏訪に効果がないのは把握済みだ。案の定立ち上がり、寒ぃから早くあげてくれよ、なんて口走っている。待ってるより家に帰った方がいいと思うんだが、何で毎回おれの部屋に来るんだ? 理解できん。
取り繕ってはいるものの、わずかに震えている様子に二度目の溜息が漏れた。今日は暖かったとはいえ、本当にこいつは、大馬鹿者だ。

「今日だけだぞ」

「お前のそういう甘いとこ好きだぜ。サンキュー」

うるさいおれも甘いことはわかってる。でもここで帰してしまうには、どうにも諏訪は冷えすぎていた。風邪を引かれても寝覚めが悪い。憎たらしいことにおれの部屋には諏訪の着替えも寝巻きも下着も歯ブラシも布団もあるので、急な泊まりにも対応できてしまう。まじでいつの間に持ち込まれたのかいまだに理解できない。いつも今日みたいに身軽でうちにくるくせに。

「なあ、腹へった」

「お前ほんと……もー今日はいい。簡単なものしか作らねえからな。さっさと風呂行ってこい」

今日はおれも疲れているのだ。いつもなら二言三言文句をつけてやるのだが、その気力もない。鍵を開けて扉を開けると、家主より先に上がり込む諏訪は本当に腹立たしいが、それよりしょっぱいものが食いたい気分でいっぱいだった。

余り物をぶち込んだカレーピラフを作っていると、風呂上がりの諏訪が頭をタオルで拭きながら冷蔵庫を開けようとしている。おれが飲まないビールの缶を冷蔵庫に詰めて中を逼迫させているのはこいつだ。

「てかよお、お前の持って帰ってきたでかい紙袋なに? お前からも甘い匂いすげえする」

「……元凶はお前だからな」

かくかくしかじかすると、諏訪がでかい声で笑い出した。うるせえ。ご近所迷惑だろうが。

「じゃあこれ義理チョコの山かよ面白すぎんだろ」

「なんも面白くねえわ。もう当分甘いもんはいらねえ」

げっそりして出来上がったカレーピラフを皿に盛り付けると、諏訪はそれを食卓へと運んだ。食卓にはビールと、おれ用の麦茶も用意されていた。飯を食いたいならせめて手伝えとおれが何度も言い聞かせてようやくついた癖だ。まじで出来上がるまでなんもせずに寝転んでスマホいじってるだけだったら将来諏訪のパートナーが苦労しそうだし、何よりおれが腹立つので腹を踏んでやったのはいい思い出である。
働かざる者食うべからずは、みょうじ家の家訓だ。おれの部屋に来たからには順守してもらっている。

「紙袋のなかが義理チョコなら、冷蔵庫の中身はなんだ? ラップに包んであるやつ」

スプーンでピラフを口に運びながら諏訪が問う。こいつほんとめざとい。てかひとさまの冷蔵庫物色してるんじゃねえよ。

「試作品だよ。流石のおれもチョコ菓子は作ったことねえし、作ったことねえもん教えらんねえだろ」

「……お前ほんと、真面目ちゃんだな」

「うるせえ。持って帰っていいぞ。おれは食わん」

今日でもう一年分のチョコを浴びたんじゃないかってくらい強烈だったのだ。それこそ諏訪がわかるくらいにチョコの匂いが染みつくほどに。味見もめちゃくちゃさせられたしな。練習用のケーキもチョコもうまくいってたが、もうそれを食う気にはなれなかった。

「おう。本部で自慢して食うわ」

「だからそれをやめろって言ってんだろうが」

誰のせいでこんなことになったと思ってんだ。まじでちょっとは反省してほしい。
げっそりしたおれとは裏腹に、やけに嬉しそうな顔をしている諏訪は、バレンタインチョコをもらう当てがないんだろうか。チームメイトから貰えそうなもんだけど、どうなんだろう。小佐野はくれたりしないんだろうか。
けどまあどれだけ諏訪がモテなかろうが、おれには関係ないことだ。結構な量のケーキもチョコもある。適当に包んで本部で配ろう。
とにかくおれは、さっさとこのチョコ臭いのをどうにかして寝たい。

皿洗いを諏訪に託し、風呂に入ったおれはベッドに潜り込むなり爆睡した。思ったより疲弊していたらしい。諏訪は自分で布団を敷くだろう。何度も自分でやっていたからほっといても大丈夫。
朝、諏訪が部屋を出たことにも気づかず寝まくっていたおれは、冷蔵庫の中にあったチョコ菓子が全部なくなっていたことに驚き、代わりに入っていた板チョコに貼られたメッセージカードに思わず吹き出した。

義理チョコとデカデカと書かれたそれは、やたらと甘ったるかった。



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