部誌16 | ナノ


言い訳の義理チョコ



 寒い冬の海に突き落とされて死を覚悟したなまえを拾ったのが、この船の船員である不死鳥マルコと呼ばれる男だった。
 見たことのない青い鳥に「ヤキトリ」と呟き、かつ腹が鳴ったなまえを引きずり鯨の顔をした船に乗せたのはマルコで、自分の名から出身まで聞かれながら食事を与えられたことは記憶に新しい。美味しい美味しいと口いっぱいに頬張るなまえに気をよくした海賊達はいつの間にかなまえを『家族』として迎え入れていた。
 命を助けてもらい、衣食住を与えてもらっている。お返しとばかりになまえの天職であった甘味専門の料理の腕を披露したらその日のうちになまえの役職はおやつ係になっていた。
 「今日のおやつは何?」と、厳つい顔で子どものように楽しみにされることは見ていて面白いし、なまえの料理を楽しみにされることは嬉しい。
 なまえは弟という立場でありながら、まるで兄のように彼らのリクエストを聞いている最中のことだった。

「なまえ! 来週のおやつは豪華にするんだよな?」
「え、しないよ」
「え! しないのか!?」
「え? なんでするの?」

 なまえの言葉を聞いて何人かの男が肩を落とす。
 それが一人、二人ではない様子になまえは首を傾げた。

「誰かの誕生日だった?」
「いや、違ぇけど。来週はバレンタインだろう?」

 ほら、と男が船内に掛けられているカレンダーを指さした。
 14日と書かれた日付の枠内に小さく『バレンタインデー』と書かれている。

 大海原の船の上、それもあまり甲板には出ないなまえには忘れがちだが、この海賊団は一年の行事を大切にしている節がある。
 クリスマスも正月も無事に過ごし、なまえが腕によりをかけて振舞った甘味は一つ残らず彼らの腹に収まっている。
 だからといって、バレンタインを楽しみにしているとは思ってはいなかった。なまえの認識では女の子からチョコを貰えるかどうかの楽しみはあるものの、男だらけの大所帯で楽しみにするようなものとは思っていなかったからだ。

「男だらけのこの船でバレンタインするのか?」
「ナースもいるじゃねぇか」

 大所帯の船の大半は男だが、『家族』の中には女性が僅かに存在する。
 彼女たちは親父である白ひげの側にいることが多いが、怪我をしたら手当をしてくれるし、なまえのおやつを喜ぶ家族の筆頭だった。なまえがおやつ係になってからというものの、毎日おやつを出していたせいかカロリーがどうのと言われはしたが、それでも完食してくれる彼女たちは優しい。

「チョコ、欲しいのか?」
「なまえが作るお菓子は美味いからな!」

 当たり前だろ、というおやつ好きな兄気達は女の子からチョコを貰うというよりも、単純に美味しいものが食べたいらしい。
 期待膨らむ輝かしい眼に根負けしたなまえは、小さく息を吐いた。

「は〜、仕方ないなぁ。……甘味好きな兄貴達のために、弟の俺がチョコを恵んでしんぜよう」


 


 兄貴達にそう言ったなまえは少しだけ後悔していた。
 モビーディック号に乗る船員は数が多く、親父である船長や隊長だけならまだしも船員全員となるとその数はさらに増える。普段から全員分のおやつを作っているとはいえ、バレンタインという行事であるからには美味しいものを作りたいし、そうなれば必然と見た目を凝ってしまう。
 それでも悩みながら作り終えたチョコレートの数々はそれなりに見栄えもよく、なまえの納得が出来るものになっていた。これならば兄や姉達にも喜んでもらえるに違いない。
 問題は、これを兄弟に配り終えることなのだが──一つだけ、問題がある。

「どうしようかな、コレ……」

 なまえの手の中にある丁寧にラッピングまで終えた箱の中身は、なまえが一人の男を思い浮かべながら作ってしまった試作段階の最初の方に作り上げた完成度の高いチョコレートになっている。
 このまま売りに出せるほどの出来栄えではあるのだが、兄姉全員に配る分としては凝りすぎてしまい、時間と労力の問題でもボツにしたものだった。何せ、一人の人物に向けて心が入りすぎているうえに兄姉達にあげるものとしては相応しいとは思えない。
 けれども、心を込めて作ったものをあっさりと捨てたりできる筈もなく、いずれなまえの腹の中に納まる予想がついている。

「お、やってるねい」

 突然聞こえた男の声になまえの胸が跳ね上がる。
 なまえは咄嗟にボツにしたチョコの箱を後ろ手に隠した。

「マルコ! ど、どうしたんだよ突然」
「なまえがチョコで悩んでるって聞いてねい」

 普段からなまえがおやつを作っているとこうして時々マルコが厨房へ姿を現すようになったのは、なまえがおやつ係になってから割とすぐのことだった。
 甘すぎるおやつはあまり食べないものの、それなりに甘味が好きらしいマルコは試作品やおこぼれを貰いに来ることが多い。

「残念だけど、もう全部完成したからリクエストは受け付けないぜ」

 なまえの周りにはすでに完成したチョコの箱の山々が積み重なっている。
 あとは兄弟達に配り終えるだけとなり、なまえが出来ることはこの山を配ることと材料と調理器具を片付けるだけになっていた。

「それは残念だよい。で、後ろに隠したモンはなんだよい」
「……マルコの気のせいじゃないか?」

 笑みが引き攣るのを感じながら、なまえは必死でマルコから箱を見えないようにする。
 気のいい兄貴達と過ごすうちに芽生えたのは家族のような愛情であったが、なまえにとって目の前の男には家族とは異なる感情を持っていた。
 俗に恋と呼ばれるそれは、なまえが必死で隠しているチョコの箱のように隠し続けてきたものだ。うっかりチョコに気持ちを込めてしまったばっかりにボツにしたものが、まさか本人に気付かれるだなんて思うはずがない。

 近付いてきたマルコにあっけなく隠していた箱を奪われ、綺麗にラッピングされている箱を繁々と見るマルコの目と沈黙がなまえの心を重くする。

「見た目が本命っぽいよい」
「いや、でもそれは試作! そう、試作だから! 百歩譲っても義理だから!」
「……じゃあ、俺がこれを貰っても問題はねぇよい?」
「ない、けど」
「じゃあ貰っていくよい」

 箱をズボンのポケットに入れて去っていくマルコの背をぼんやりとなまえは追い続けた。
 マルコの背中が見えなくなり、一人になってやっと思考が動き出す。

「嘘だろ……」

 思いがけず本命チョコを渡してしまい真っ青な顔になったなまえと、何故か機嫌の良いマルコがその後一か月近く、至る所で目撃されることになる。



prev / next

[ back to top ]



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -