部誌16 | ナノ


荒れた唇



「いたっ」

学校からの帰り道。寒いな、って冷たい風に思わず唇を噛んだら、カサついたそこから血が出てしまった。昔は頑張って保湿とかしてたのに、今となってはガッサガッサの唇。頑張る理由がなくなっちゃったから、仕方ないよね。
可愛くみられたかった。すきなひとに、可愛くみられたかったんだよ。
まあ告白する前に「あいつだけはねえな」っていうの影で聞いちゃったしその後すぐにカノジョ作ってたけどな。クソかよ。

「あんた、血が出てるじゃない!」

突然の大きな声に体が竦む。びっくりして固まっていると、いつのまにか目の前に桐絵ちゃんがいた。相変わらずめちゃくちゃかわいい。わたしの自慢の、大好きな幼なじみ。うわ〜桐絵ちゃんちょういい匂いする。女を捨てたわたしとは違うな……わたしはあの一件以来そういうのどうでもよくなっちゃったからなぁ、見る目がなさすぎる。なんであんなやつ好きになったんだろうなほんと。我ながらチョロすぎだろ。

「桐絵ちゃんだぁ」

「いや桐絵ちゃんだぁ、じゃないのよ! 唇のケアぐらいちゃんとしなさい! もう!」

綺麗な形の眉をキリリとあげて、桐絵ちゃんが怒る。うーん、この感じ久しぶり。学校も違えば桐絵ちゃんは放課後はバイトかなんかしてるみたいで、お家にあんまり帰ってこないし。なのに久しぶりに会ってもこのテンション、変わってなくて嬉しい。

「へへ、うれしい。桐絵ちゃん、いっつもわたしの心配してくれるよね」

「な、あ、当たり前でしょ! 幼なじみなんだから!」

幼なじみだけど、ずっとそばにいられるわけじゃない。そう知ったのは、学校が変わってからだ。お嬢様学校に入学した桐絵ちゃんと、公立の中学校に入ったわたし。入学したての頃は帰ってから一緒に遊んだりもしてたけど、部活に入ったりしたら、そんな時間もなくなってしまった。
新しい友達と遊ぶのだって楽しかったけど、やっぱり全部の心を許せるほどの仲の良さじゃない。わたしはいつだって、ここに桐絵ちゃんがいたらな、って思ってた。好きな人ができたときも、失恋したときも、桐絵ちゃんにそばにいて欲しかった。近くにいて欲しかったんだよぅ。

「う、ええ、桐絵ちゃんんんんんんんん」

「えっ!? な、なんで泣くのよ!? そんなに唇痛いの!?」

「ぜんぶ、ぜんぶいたいよおおおおおおお」

涙をぼたぼた流して、その場で立ち止まってしまうわたしの前で慌てまくった桐絵ちゃんは、鞄の中をごそごそしてはこれも違う! って何かを探してた。桐絵ちゃん、鞄の中相変わらず乱雑としてるのね……そういうところは変わってなくて、それも嬉しい。わたしの知ってる桐絵ちゃんが残ってることが嬉しくて、わたしの涙は更に増えた。

「なんでないの!? 学校に忘れてきたの!? それとも玉狛!?」

タマコマって何? 禁止区域の中にそんな地名あった気がするけど。
泣きすぎてぼんやりしてきたわたしの胸のうちは、桐絵ちゃんがそばにいてくれる安心感と、いつのまにか綺麗な長い髪にしてた知らない桐絵ちゃんへの寂寥感と、失恋したことへの虚しさと、なんかもうぐっちゃぐっちゃになってしまった。せっかくいるのに。桐絵ちゃんが、目の前にいるのに。なんてもったいないことをしてるんだわたしは。いっぱいいっぱい、話したいことも聞きたいことも、あったはずなのに。

「ええいもう!」

なんだか思い切りのよい掛け声が聞こえて、桐絵ちゃんの綺麗な手がわたしの両頬を包んだ。上を向くように促されて、ぶっさいくな顔したわたしは、情けない泣き顔を桐絵ちゃんに晒した、ら。

ふわり。鼻の奥をいい匂いが突き抜ける。見覚えのある綺麗な顔が目の前にあって、それで。

一瞬じゃなかった。一瞬とかそんな短い時間じゃなかった。なんか、よくわかんないけどそこそこ長かった。体感的には永遠に高い。そんな感じだった。

「ん! こ、これでいいんじゃない!? リップクリームつけすぎてベタベタしたの取れてるし、ちゃんとあんたに移ってるはずよ! 」

「き、きりえちゃん、わたし、ファーストキス……」

「はぁ!? あんたのファーストキスは幼稚園でしょ! あたしもそうなんだから!」

いや、幼稚園のキスはノーカンでしょ。
ていうか、ハンドクリームならまだしも、リップクリームでこれはなくない!? なくないですか!? お嬢様学校、こんなことしてんの!?

呆然として桐絵ちゃんを見つめるわたしの顔は真っ赤で、桐絵ちゃんは桐絵ちゃんで、自分のしたことにようやく思い至ったのか、じわじわと顔を赤く染めていった。

「べ、別に気にすることじゃないでしょ。今更じゃない」

「いまさらだっけ……」

「今更よ! セカンドもサードも全部あんただったんだから!」

初耳ですけど!?
なんかもう色々、ほんとなんか色々全部吹っ飛んでしまった。あらゆることがどうでもよくなってしまった。だって桐絵ちゃんはわたしの隣にいるし、いいから帰るわよ、なんて真っ赤な顔で手を繋いで帰ってくれてるし、手を繋ぐ力は強いし。まるで逃がさないって言ってるみたいで、わたしの心がドキンと跳ねた。

あれ、わたし。

今まで感じたことのない胸の高鳴りに、今までの恋はまやかしで、恋に恋してたんだと気づいてしまう。
ああ、もしかして、わたし、ずっと。



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