炊き込みご飯
「はらへった」
金欠だと嘆く金髪を見下ろして、おれは思わず自分の昼飯を差し出していた。
「半分食います?」
多分、それが運の尽きだったんだろう。
変なやつに懐かれてしまった。
諏訪洸太郎という人間が、おれはちょっと苦手だった。金髪だし、煙草吸ってるし、粗野だし。
こう、パリピ感がすごい。DQN? なんて言えばいいのか、わからないけど。
同級生だけど、関わりがほとんどない。なかった、はずだった。
おれが、昨日の残りの炊き込みご飯のおにぎりを差し出すまでは。
「は!? めっちゃうめえ!」
「どうも……?」
昨日、やたらと炊き込みご飯が食いたくなって作ったのだ。母親から直々に仕込まれた炊き込みご飯。具材を適当に打っ込むだけだから、と笑っておれに家事を仕込んだ母親は、大規模侵攻であっさりこの世を去った。母子家庭のおれは生きてくためにボーダーに入って、親しい人間は作らないように、してきたはずだったのに。
腹が減ったとへたばる姿を哀れんで飯を分け与えて以来、諏訪洸太郎に付き纏われている。
「なあ、あれまた食わせてくれねえ? めちゃくちゃ美味かったんだよ、あれ以来忘れられねえんだよ!」
いや知らねえよ。
まじでいい加減にしてほしい。目立ちたくないから地味に過ごしてたのに、諏訪のせいでやたらめったら目立っている。こないだなんかA級一位の太刀川にまで飯をたかられた。喋ったことないのに。ほぼ初対面なのに。どう考えても諏訪のせいである。
うまいっつってもまじで具材ぶっこむだけの炊き込みご飯だ。難しいことは何もしていないし、特殊な調味料を使ったわけでもない。そこらへんで売ってる炊き込みご飯の方がよほど美味いのではないだろうか。それなのにここまで何故こだわる?
諏訪が鬱陶しすぎてこそこそ隠れてるのに、迅とかいうS級の力を借りてまで探し出してくんのやめてほしい……迅まで飯をたかるようになってくるし。
言っておくがB級下っ端のおれは金がない。せめて材料費出すとかそういう提案してくれねえかな!? 馬鹿なの!?
しかし一度でも材料費出されたらこの先作り続けねばならなくなりそうなので、絶対におれからは提案しないし、金を渡されたとしても絶対に受け取らない。めんどくさい。そっとしといてほしい。
「諏訪、邪魔。おれ今大学のレポート書いてる」
「レポート? なんの」
「環境」
「げっ」
そういえば諏訪もおんなじ講義とってたっけ。見かけたら隠れるようにしてたから覚えてる。やっべ、っていう顔した諏訪は、すぐにおれを見た。
「みょうじ」
「断る」
「じゃあ炊き込みご飯」
「何故?」
いやほんとなんで? あまりにも厚かましいお願いすぎるのでは?
母親の特製レシピを気に入ってもらえたのは嬉しいけども、だからといってここまで絡まれる理由になるだろうか。
「どっかの飯屋で食えばいいじゃん」
「食ったよ。食ったけどお前がくれたやつのが美味かったんだよ。夢にまで見たぞ俺は」
そこまで?
諏訪のマジなトーンに、思わず引いてしまう。いやそこまで? 諏訪の舌はみょうじ家と同じなんだろうか。
なんだか断るのも面倒になってしまって、おれはとうとう、頷いてしまった。
「……一回だけだぞ」
「っ、まじで!?」
キラキラした顔が眩しい。そんなにか。そんなに母親特製の炊き込みご飯が食いたいのか。なんだか我慢させ続けてしまったのが申し訳なくなるくらいの笑顔だ。普段不機嫌そうな顔してる癖に、ここぞとばかりにそんな笑顔向けるんじゃない。
「その代わり、太刀川とか迅とかにおれに絡むなって言っといて」
「は? 迅はともかくなんで太刀川が出てくるんだよ」
「知らねーよ。お前が騒ぐから乗ってきてるだけだろ。あっちもうるせえんだよな……」
めんどくせえから大量に作って諏訪に持っていかせればいいか。やたらと諏訪に切望されてはいたが、2人も食えば大したことないと思うだろ。
普段手抜き料理しか作ってないもんだから、簡単とはいえ材料集めからするのは結構手間だ。しかしこれで諏訪も迅も太刀川も大人しくなるだろう、多分。
抵抗すんのもめんどくさくなって、諏訪を部屋に上げてしまったが最後、諏訪に入り浸られ、飯を作らされ、あまつさえ同棲まで始まってしまうとは、この時のおれには想像もつかないことなのだった。
いや、なんで?
prev / next