部誌16 | ナノ


炊き込みご飯



 家から歩いて5分もかからずに今にしては珍しく活気のある商店街がある。
 近くに大型スーパーがないおかげなのもあってか、夕方になれば同じ目的の住民で賑わっていた。最近はテレビにも特集されたようで、住民以外にも遙々足を運ぶ人もいるらしい。私よりもずっと詳しい妻はその特集を見ていたそうで、「このまえ○○さんのコロッケがとても美味しそうでした」と楽しげに語っていた。君このまえ私に黙って一人で買って食べていたのをばれてないと思っているのかな、というのは野暮というものだろう。
 
「あら先生! 今日はお孫さんと一緒なんですね!」
 久しぶりに二人で買い出しに行こうかと誘ったのは自分からだった。ここ最近は一緒に出かける機会に恵まれなかったため、短い距離であるが二人で出かけるのも悪くないと誘ってみれば彼女ははにかみながら是と応えてくれた。
 今日の夕飯は何にしようかと二人で並んで商店街を歩いていると、声をかけてきたのはよく顔を出している八百屋の女将であった。話し好きで常連には色々おまけをつけてくれるものだからついつい自分の仕事についてぽろっと話して以来呼ばれるようになってしまったのはごく最近のこと。声量のある彼女に呼ばれてしまえば無碍にもできない。ちょうど野菜もほしいところでもあったのでそのまま彼女の元へ足を向ける。
「ええそうなんです、せっかくだから一緒にご飯でも作ろうかと思って」
「あらあら仲いいですね! そしたらうち今日椎茸と牛蒡が出てるんですよ、今の時期なら炊き込みご飯とかおすすめですよ!」
「炊き込みご飯かぁ」
 そういえば長らく食べていなかった気がする。最近はレトルトという文明の利器に頼ってばかり。久しぶりに一から作るのも悪くないかもしれない。ほかに何か必要な食材があったか頭を巡らせながら妻に声をかける。
「香子どうだろう、せっかくだから今夜はそれにでもしようか」
「……はい、香子も食べとうございます」
 おや、と口にはしないが声の調子から不審に思う。ついさっきまで共に出かけられたことにご機嫌だった声色がなぜだか沈んでいる気がする。これはもしや、と嫌な予感がして気づかれない程度に顔を覗き込む。予感は的中していた。眉が八の字に下がりきってしまい、下を向いて伏せられた瞳は悲しみで揺れている。ぎゅっと唇を噛みしめて耐え偲ぶ横顔がとても絵にはなるが彼女の機嫌が急降下したのは明白であった。
(さてどうしたものか……)
 女将と適当に話を合わせながら意識は隣の妻にばかりいってしまう。どこで落ち込んでしまったのか検討はすぐについていた。このあとどう機嫌を直すべきか、そのことばかり考えてしまい、隣の妻に気づかれないようにそっと溜息を吐き出した。

「わ、わかってはいるのですっ……キャスターというクラスでありながら姿を変えれないなんて未熟なのが原因のことぐらいっ……ですが、ですがぁっ」
「いいじゃないか、変わらず美しい君が私は好きだよ。おかわりいるかな?」
「い、いります〜っ……ううっ、でもまさか孫と間違えられる日が来るなんて……」
 ぐすぐすと鼻を啜りながらもちゃんとお椀を差し出してくるあたり食欲はあるようだ。泣きながら食事をするなんて器用なことをするものだ、と感心しながらも渡されたお椀を受け取って炊き込みご飯をよそう。
「まあ私も孫がいてもおかしくない年齢だからね」
「旦那様はいくつになっても素敵です〜!」
「うんうん、ありがとう。ところで炊き込みご飯どうかな?」
「お、美味しいです〜!」
「それはよかった」
 自分を褒めてくれるのは嬉しい限りだが、できれば笑顔でいってくれるとさらに喜ばしい。それでも自分の料理を美味しいといってくれれば作り甲斐がある。
 八百屋の女将からの勧めで作った炊き込みご飯。お勧めされた牛蒡と椎茸を使い、一から作った出汁で炊きあげたご飯はしっかりと味が染みこんでいた。味の保証は彼女がベソをかきながらも食べてくれているのが証拠だろう。
 ああして何かあればすぐに泣く妻も、自分が作った料理を食べれば落ち着くのだ。きっといまは泣いていても食べ終わればまた「書く気がもりもり湧いてきました!」と嬉々として机に向かって筆を執るだろう。それまでは彼女の泣き言に付き合うのが夫としての務めなので、同じことをずっと繰り返して話していようがうんうんと頷き続けた。



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