部誌16 | ナノ


炊き込みご飯



「アズくん、今度お弁当作ってきてもいい?」

各々が賑やかに過ごす問題児クラスの教室で、アスモデウスは一瞬幻聴かと己の耳を疑った。

今度、オベントウ、作ってきても、いい?
それはつまり、入間様が私に何か…いやいや!早とちりするなアスモデウス・アリス。入間様が作るのは確定だが相手は未定だ、私ではない可能性もある。舞い上がるのは早計だ。それに。

思考時間およそ二秒。
アスモデウスは期待が表に出ないように表情筋をなるべく固定して、聞き返すことにした。

「…入間様、今なんと?」
「あ、えっと!今度アズくんにお弁当作ってきてもいい!?」

幻聴ではなかった。
なんなら喧騒で聞こえないと勘違いした入間が声を張ってくれた。
その事に一抹の申し訳なさと、それとは別の懸念材料が気になってアスモデウスは素早く教室を見渡した。

これは全くの余談だが、現在クララは不在である。

「あの…何か、ございましたか」
「うーん、大した理由じゃないんだけど。なんだか作りたいなって思って。…嫌だったら」
「嫌だなんてとんでもない、是非お願いします入間様!」
「そ、そう…?じゃああの、ほんと大した物は用意できないと思うけど、明日持ってくるね」
「モッテクル」
「うん、一緒に食べよう!」

嬉しそうに入間が微笑んで、アスモデウスはそれだけで何もかもがどうでもよくなるような心地になった。

しかし、気になる点がある。
それを確かめようとした時、タイミング悪くチャイムが鳴ってしまい、ウァラクの首根っこを掴んだカルエゴが入室してしまったので、聞きそびれてしまった。

入間様…オベントウとは一体どのような物なのですか…?



「私が付き添うことを条件に、特別に、キッチンをお貸しします」
「お願いします…!」

学校から帰り、台所で手を洗い腕まくりをしたところでオペラに確保された入間は、神妙な顔つきで一つ大きく頷いた。

人間界でのサバイバル生活の経験もある入間にとって、火は恵みであると同時に危険であると知っていたし、刃物もまたしかり。屋根があり外敵もおらず、周りが可燃物で溢れていない台所は問題ないと考えていたが、いやここは魔界。
一人で大丈夫と言う前にオペラが「では本当にこちらが処理できると?」と開いた冷蔵庫には透明な二重扉(鍵付き)があり、冷えた庫内でビタンビタンと正体不明の生き物がのたうち回っていた。

鮮度は味の命なので。

入間の表情から察したオペラはそう言ってから、条件の提示をした。
未知の物への危険は回避すべき。入間の能力も彼に提案を飲むよう囁いた。

「炊き込みご飯、ですか」
「そう。魚とか肉と混ぜこむことでお米に味が染み込んで、すごく美味しいんです!アレを一段目に入れたいなあと」
「なるほど。こちらをオコメとして代用されるのでしたら、あちらの食材を使われると親和性が高いのでよいでしょう」
「親和性…?」

先ほどの生き物が冷蔵庫から取り出され、さっくりと一撃で仕留められる。
「こちらが、あちらのお母さんですよ」とオペラが言い、腹の部分からずるりと白い粒が内包された袋状の物を取り出した。
入間が予めまな板の上に置いていた物とまったく同じである。

なるほど、親子丼みたいなものか。

こうして魔界の食材を使ったお弁当は紆余曲折、手短に言うと帰宅したサリバンの妨害と交渉と成立もありながら、無事に完成した。

「ねえねえ入間くん、どうしてお弁当を作ろうと思ったんだい?」

夕食。入間が多めに作った揚げ物をもきゅもきゅと頬張りながらサリバンが尋ねた。
オペラも気になるのだろう、給仕のため視線こそ入間に向けていないが耳がピンと立っている。

「えっと…」

少し目を泳がせながら、入間が照れたように頭を掻いた。

「初恋メモリーが、羨ましくなっちゃって」



「クララお願い!明日は三人で!ね!」
「お願いなんて入間ちが珍獣!いいよー任せて!でも明日は約束ね!」

入間と共に登校しようと彼の家の門前まで来たアスモデウスは、そんなやり取りを彼らの死角から耳にした。

もしかして、また入間様は生徒会長と密会なさるおつもりだろうか。
また、二人きりで。

胸を占めた靄の意味が分からず首をかしげるアスモデウスは、それから待たせたままの二人、特に入間の存在を思い出しハッと顔を上げると、走って合流した。

「すみません遅れ」
「アー!!!!ゴメンネ、アズアズ、オ昼ゴ飯ハ入間ちト一緒ニドゾー!」
「ウァラク!?あ、おい」
「待ってクララ学校は一緒に行こうよ!」

突然走り出すクララを止めようと二人は手を伸ばしたが、出遅れた手は彼女を掴むことなく、すぐに姿は見えなくなる。

「あ、えっと…僕たちも行こうか」
「はい…全くウァラクは。いつもながら動きが読めませんね」

入間への失礼な態度に腹を立てているアスモデウスは、靄が晴れたことに気がつかなかった。

「あと、あの…お弁当ちゃんと作ってきたから。クララもああ言ってたし、今日はその…二人で食べようね」
「え!あ!はい!…お伴します」

アスモデウスはやけに真剣な表情で頷いた。



ーーオベントウ
それは特別重要な見廻りを行う場合、稀に片方が用意するブツである

生徒会長へ聴き取り調査を行ったのでまず間違いない。
調査の際の会長の動き…アレは嘘をついた者ではなく、なぜその情報を知っているのかという驚愕から出たものだった。

つまり、オベントウとは武器!

アスモデウスは確信し、だからこそ彼はお昼休みまでなるべく体力を温存し備えることに決めた。

入間様は慎重なお方だ。加えて先見の明もお持ちである。
そんな彼が自ら武器を作って来られるという。戦争は最早必至。
しかも「一緒に食べよう」と仰られた。

彼は同じ悪魔を使い魔として使役する、前代未聞の代名詞のようなお方だ。仕留めた獲物を食す可能性を否定することはできない。
しかし、もし獲物が同じ悪魔であったなら、全てを捧げると誓った身として、我が身を犠牲にすることになろうとも、止めるべきだろう。

オベントウの意味を知るため、急ぎ向かった生徒会室からの帰り道。
一人廊下を歩きつつ、アスモデウスはぐっと強く拳を握る。

ああ、しかし食欲旺盛な彼のことだ。止めることで、嫌われる事になるかもしれない。

そこまで考えが至ると、力を込めたはずの拳もゆるゆると解けてしまった。



「アメリさん、お弁当の事そんな風に説明しちゃったんですか!?」
「う、うむ。他の生徒会の者がいる以上、それが限界だったのだ…すまない」
「あっいえ大丈夫です!僕も、お弁当の文化がない事を想定するべきでしたから」

登校を見計らったようにス魔ホにアメリさんから連絡が入り、指定された談話室に向かえば、はたから見ても落ち込んだ様子の会長が出迎えてくれた。
開口一番に出た言葉は謝罪で、内容はアズくんへの偏った情報の流布であった。

ちなみに入間自身、昨日オペラから「ちなみにオベントウとは料理のことで合ってますよね?」と確認が入った時点で、魔界には無い文化だと分かっていた。

「僕の方こそ、すみません。初恋メモリーの事は内緒なのに、聞かれてびっくりしましたよね?」
「そうなのだ!…まさか喋って」
「いや喋ってません!僕も何でアズくんがアメリさんの所に来たのか分からないですし」
「そ、そうか。早とちりをしてしまった。…うむ、いや、しかし」

珍しく言い淀む会長は、初恋メモリーを朗読している最中と似た表情を浮かべている。

「好きな人の事は、よく見ているそうだからな。そういうことかもしれんな…?」

入間自身も、似た表情を浮かべていたかもしれなかった。



「じゃあ行こうか!」
「…承りました」

のちにリードは言った。連れ立って出て行った割に、二人の表情には天と地の差があった、と。

つまり、まだ入間はアスモデウスの大いなる誤解を解けてはいなかった。

「入間様、失礼ながらどちらに向かわれているのですか?」
「桜の木だよ、ほら、僕が植物塔に咲かせちゃったやつ。お花を見ながらお弁当を食べるんだよ」
「オベントウを…っ!?」

ほら、これ。と掲げた重箱をつぶさに観察する様子に、そろそろネタバラシをしてあげないと悪いと入間は思った。

「あのね、アズくん。多分アメリさんから聞いたんだと思うけど、お弁当っていうのは別に危ないものじゃないんだよ」
「えっ、そうなのですか?というか何故会長のことを…」
「ごめん、僕アメリさんとス魔ホで結構やり取りしてるから…まあ、何だろう。多分アズくんも食べられるから、嫌いなものはもちろん残していいし、一緒に食べよ?」

孫馬鹿ではあるが、サリバンも涙を流しながら美味しいと食べてくれた料理たちだ。
オペラ曰く、その涙には孫への愛情とその孫から愛を受ける悪魔への計り知れない感情などが込められているらしいが、美味しくないかと言われたら大変美味しいと太鼓判も押してもらっている。
アスモデウスは食堂で見る限り好き嫌いもないし、食べ物の味と量に拘りを持つ入間としても悪くなかったので、わりかし自信作でもあった。

「お弁当っていうのはね、手作り料理を箱に詰めたもの、かな?こうやって持ち運んで、外で食べたりするんだよ」
「なるほど、料理…手作り料理!?」
「どうぞ、アズくん。魔界風炊き込みご飯と魔鶏のカラッと揚げ、それからこっちはね」
「いいい入間様!?入間様の手作りですか!?」
「え?うん」

アスモデウスなら入間の料理を絶対に食べるだろうという自信は、バビルスに登校し始めてからアスモデウス自身がこつこつと積み上げてきたものだ。
そう入間は自覚しているが、アスモデウスの方は無自覚であるため先程から桜の下に座ったばかりであるのに驚きのあまり立ち上がってしまっている。

「明日はクララと三人で食べるから、もし気に入ったのがあったら言ってね?また詰めてくるから」
「入間様ぁ…」

すとん、と半ば力が抜けるような形で座り込んだアスモデウスであったが、すぐさまガチガチにかたくなった動きでそっとご飯を掬い上げる。

口に含んだその瞬間を見つめるのも何だか気恥ずかしくて少し目を逸らしてしまったことを、入間はこの先何ヶ月も後悔する事になる。

「〜〜〜ッ!おい、美味しいです、入間様ッ!」
「ありが…っ何で泣いてるのアズくん!?」
「な、なんで、何ででしょう、感極まってしまって…うう…まいりました入間様…」

その日、バビルスにまた一つ入間の伝説が増え、翌日のお弁当には同じ炊き込みご飯が収まっていたという。



prev / next

[ back to top ]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -